コラム

中小企業が賃上げできない、日本の「特殊」な要因...公取の「活発な動き」には大きな意味がある

2024年03月28日(木)17時41分
公正取引委員会

YOSHI0511/SHUTTERSTOCK

<あまり「動かない」役所だった公正取引委員会だが、最近の活発な動きは「中小企業の賃上げ」を進める原動力になり得る>

このところ公正取引委員会(公取)の動きが活発化している。日本では多くの中小企業が大企業の下請け的な業務に従事しており、大企業による買いたたきが行われると中小企業の賃上げができなくなってしまう。

労働者の7割が中小企業に勤務している現実を考えた場合、インフレによるコスト上昇分を適切に価格に反映できるよう、公取が指導することは有効な賃上げ政策となり得る。

公正取引委員会はこれまであまり動かない役所とされてきた。独占禁止法違反の疑いがあるような大きな事案が発生した際には個別案件として動くケースが多かったが、近年の公取は、従来とは大きく様変わりしている。

下請け企業に対する買いたたきなどで具体的な企業名を複数公表して改善を要請したり、代金の一方的な引き下げが下請法違反に当たるとして日産自動車に勧告を行うなど、一貫した方針の下に動いている様子がうかがえる。

公取は内閣府の外局だが独立性が高く、政治的な動きをする役所ではない。だが政権の方向性を踏まえて活動するのは当たり前であり、賃上げが岸田政権の目玉政策であることや、金融正常化をもくろむ日銀にとっても価格転嫁が極めて重要な意味を持っていることについて十分に理解している可能性が高い。

中小企業の賃上げを阻む商習慣

本来、企業というのは市場メカニズムに沿って動く存在であり、顧客から過剰な値引き要求があった場合、その要求は受け入れない、あるいは他の取引先に乗り換える、さらには小さい複数の企業がM&A(合併・買収)で経営規模を大きくし、価格交渉力を強めるといった取り組みが行われるのが普通である。

ところが日本の場合、景気低迷があまりにも長く続き、産業界も極度に疲弊。アニマルスピリッツを発揮した企業活動が阻害される状況が続いてきた。このため、特定企業としか取引せず、顧客からの言い値を受け入れるだけという商慣行が常態化しており、これが中小企業の賃上げを阻んでいるのはほぼ間違いない。

本来であれば、日本の中小企業も自ら主体性を発揮し、大企業との価格交渉力を付けたり独自の販路を開拓する努力が必要である。

実際、欧米の中小企業は利益率という点では大企業と大差がないところが多いが、日本の場合、企業規模が小さくになるにつれて、利益率が確実に下がっていくという顕著な傾向が見られ、中小企業が主体性を持って活動できていない現実が浮かび上がる。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必…
  • 9
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story