コラム

超円安の時代:目安が1ドル150円となる理由、住宅は持ち家がいい理由

2022年10月07日(金)10時35分

221011p18_EYH_02.jpg

物価上昇は秋以降3%を超えて進む可能性が十分にある KIYOSHI OTA-BLOOMBERG/GETTY IMAGES

先ほど、日本企業はコスト対策から生産拠点の多くを海外にシフトしたと述べた。しかし、移転先の中心となっていた中国の人件費は近年、高騰を続けており、大都市では日本と大差がない水準にまで上昇しているのが現実だ。

ここで為替が大幅に安くなれば、日本の人件費が相対的に安くなるため、中国など海外で生産していた製品を国内生産に戻すという選択肢が出てくる。

どの国で製品を製造するのが最もコストが安いのかを示す指標の1つに、ユニット・レーバー・コスト(ULC)と呼ばれるものがある。筆者の試算では、日本と中国のULCは既に拮抗した状態にあり、ここからさらに円安が進むと、いよいよ両国の人件費が逆転する。

そうなると、海外に移転した生産拠点の一部が日本に回帰する動きが出てくるだろう。

これまで商品のほとんどを中国などから輸入してきた100円ショップの業界でも、国内のメーカーとの交渉が始まっており、一部の商品は中国製から日本製に切り替わっている。国内生産への回帰が進めば、輸出が増加し、日本国内に落ちるお金が増えるのでマクロ経済的なメリットが出てくる。

仮に1ドル=150円程度まで円安が進むと、中国のULCは日本の約1.2倍となるが、過去の経験則から、ULCの差が1.2倍以上に拡大すると、企業は生産拠点の変更を決断しやすくなる。

生産が国内に戻れば、輸出が増加し、実需の円買いも復活するので、円安が止まる可能性が見えてくる。あくまで企業の生産拠点に着目した数字でしかないが、長期的に見た場合、1ドル=150円というのは一つの目安となりそうだ。

もっとも、この見立ては金融政策の変更によって大きく変わってくる。仮に日銀が方針を大転換させ、金利の引き上げに踏み切った場合、投資ファンドは大慌てで円買いドル売りに動くので、一気に円高に戻す可能性がある。

しかしながら、アメリカの金融当局がインフレ抑制を最優先する方針を変える可能性は低く、日銀に至っては金利引き上げの可能性はほぼゼロに近い状況と言ってよい。少なくとも年内から来年の年初にかけては、今と同じトレンドが続く可能性が高い。

状況が変わるとすれば、やはり日銀総裁が交代する来春のタイミングになるだろう。

来年4月に日銀の黒田東彦総裁が退任し、新しい総裁が就任する。市場関係者の多くは、日銀から内部昇格の可能性が高いとみており、新総裁が金利の見通しを変更した場合には、トレンドが転換する可能性も考えられる。

もっとも、円安の背景には日本の貿易収支の悪化など、日本売りという側面があることは否定できず、仮にトレンドが転換したとしても以前のような大幅な円高になるシナリオは考えにくい。短期的には円高に戻しても、長期的に見た場合、円安が継続する可能性が高いと考えるほうが自然だろう。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story