コラム

「主導者なき」エジプト反政府デモの背景には、貧困という時限爆弾がある

2019年10月07日(月)16時20分

シーシ政権はムスリム同胞団を「テロ組織」と指定し、徹底的な弾圧を行ってきた。さらに同胞団だけでなく、リベラルや左派の政府批判も抑え込んでいる。

国際的なメディア組織「ジャーナリスト保護委員会(CPJ)」が国別に発表しているジャーナリスト拘束数によると、エジプトでは2018年時点で25人が拘束されている。世界で拘束されているジャーナリストは計250人であり、エジプトでの拘束数は、世界全体の10分の1だ。約20カ国のアラブ諸国の中でも、サウジアラビアの16人を超えて突出している。

2011年に強権との批判を受けて辞任したムバラク大統領の時代は、2009年に4人のジャーナリストが拘束されたのが最多であり、シーシ政権の強権度合いは際立っている。ムバラク時代の政府批判勢力だったムスリム同胞団は、シーシ政権では非合法化されているため、現在は実質的な政府批判勢力がない状況だ。9月20日にデモが起きたことには、かなり驚きが強い。

「宮殿や邸宅を建設している」とYouTubeで告発した男

今回のデモのきっかけとなったのは、ムハンマド・アリという40代の俳優で、建設業者でもある男性が、9月初めからYouTubeを通じてシーシ大統領と軍の不正を批判し始めたことだった。

アリは軍から仕事を請け負っていたが未払いが生じ、軍との関係が悪化して、スペインに出国したとされる。「私はシーシから利益を得てきた。シーシは何十億エジプトポンドものプロジェクトを進め、予算は青天井だった」と語るアリは、軍主導の強権政権の"内部告発者"として、シーシ大統領の国政運営の失敗や腐敗を批判した。

アリは軍全体を批判するのではなく、利益を得ているのはシーシ大統領とその取り巻きの軍幹部だとして、「いくつもの宮殿や邸宅を建設している」などと非難。9月20日を指定して「シーシを追い出すために、みんな通りに出て、声をあげよう」と呼びかけたのだ。

シーシ大統領は9月14日に出席した会議で挨拶し、「この5年間で大きな成果が得られた。それを否定しようとするのは嘘と中傷だ」と述べ、SNSで巻き起こった自身への批判を否定していた。宮殿建設については、「大統領宮殿を建設しているが、それは私のためではない。私はエジプトの名のもとに、新しい国家を建設しているのだ」と反論している。

さらにシーシ大統領は、軍が道路や橋など数十の建設プロジェクトを実施していることを強調し、「軍の道路工事は総計1750億エジプトポンド(1兆2000万円)にもなり、全てのプロジェクトを合わせると4兆エジプトポンド(27兆円)にも上る」と成果を述べていた。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア政府系ファンド責任者、今週訪米へ 米特使と会

ビジネス

欧州株ETFへの資金流入、過去最高 不透明感強まる

ワールド

カナダ製造業PMI、3月は1年3カ月ぶり低水準 貿

ワールド

米、LNG輸出巡る規則撤廃 前政権の「認可後7年以
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story