コラム

イエメン内戦に新展開、分裂・内戦を繰り返してきた歴史的背景を読む

2019年09月10日(火)18時20分

「アラブの春」によって国内を力で抑えていた軍事強権体制が崩れたことで、かつて王国として栄えたザイド派や、独立国だった南部勢力が権力闘争の表に出てきたという構図である。暫定政権を支えているのは、かつての軍事政権を支えたイエメン軍とスンニ派の部族勢力であるが、エジプトで生まれたイスラム政治組織「ムスリム同胞団」の流れをくむスンニ派イスラム組織「イスラーハ(イエメン改革党)」も有力勢力である。

南部の分離独立派をUAEが支援、サウジとUAEの関係はどうなる?

内戦から5年目にして南部の分離独立派が蜂起するのを見ると、25年前の南北イエメン内戦が再開したようで、デジャブのようだ。

イエメン人同士が戦う悲劇を一日も早く終わらせなければならないが、内戦が長期化、泥沼化している背景にはサウジやイランなど外国勢力の介入がある。今回、南部勢力を支援しているのはUAEであり、8月末に、暫定政権軍がアデンを奪回しようと攻勢をかけた時にUAE空軍が政権軍を空爆して、押し返した。

サウジとUAEは、それぞれムハンマド・ビン・サルマン皇太子とムハンマド・ビン・ザイド皇太子が実権を握り、トランプ米大統領と協調して対イラン強硬策を支えてきた。当初は、サウジとUAEが仲介して、分離独立派をアデンから撤退させるのではないかとの期待もあったが、UAEが空軍まで出して政権軍を排除した。

サウジとUAEの関係が今後、どのようになっていくかは不透明だが、これまでのような協力関係とはいかないだろう。

UAEは内戦が始まって以来、フーシ支配地区への空爆をする一方で、5000人規模の自国軍を駐留させ、南部勢力の民兵7万~9万人を訓練し、武器を提供したとされる。特に2016年にUAEが創設した「治安ベルト部隊」は8月のアデン蜂起でも主力を担った。

UAEは7月にイエメンから自国軍のほとんどを撤退させたが、イエメンへの関与は継続するとした。アデンを取り戻そうとした暫定政権軍に対してUAE空軍が空爆したことは、ペルシャ湾の中にある小国のUAEが、インド洋に面した南イエメンに影響力を維持することへの並々ならぬ執着を感じさせた。

中東の最貧国と言われるイエメンが、サウジやUAE、イランが露骨に軍事力を競う戦場となり、民衆が深刻な危機に瀕している。イエメンには過激派組織「アラビア半島のアルカイダ」(AQAP)の拠点もあり、シリアと同じく中東の矛盾を体現している。シリア内戦が終息に向けて動く中、イエメン内戦にはまだ終わりが見えない。

25年前の内戦で陥落したアデンに入った時、給水車から水を得ていた主婦のアミナさんが「大統領と副大統領の指導者の個人的ないさかいだよ。イエメン人は初めから一つなのに」と、吐き捨てるように言った言葉を思い出す。国内勢力の権力闘争と、外国の介入で生活をむちゃくちゃにされたイエメン人の思いは、いまも全く同じだろうと考える。

20190917issue_cover200.jpg
※9月17日号(9月10日発売)は、「顔認証の最前線」特集。生活を安全で便利にする新ツールか、独裁政権の道具か――。日常生活からビジネス、安全保障まで、日本人が知らない顔認証技術のメリットとリスクを徹底レポート。顔認証の最先端を行く中国の語られざる側面も明かす。


ニューズウィーク日本版 高市早苗研究
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年11月4日/11日号(10月28日発売)は「高市早苗研究」特集。課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら



プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ニデック、信頼回復へ「再生委員会」設置 取引や納品

ビジネス

スイス中銀の政策金利、適切な水準=チュディン理事

ビジネス

アラムコ、第3四半期は2.3%減益 原油下落が響く

ビジネス

日立、日立建機株所有を18.4%に引き下げ 持ち分
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつかない現象を軍も警戒
  • 3
    「あなたが着ている制服を...」 乗客が客室乗務員に「非常識すぎる」要求...CAが取った行動が話題に
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 9
    「白人に見えない」と言われ続けた白人女性...外見と…
  • 10
    これをすれば「安定した子供」に育つ?...児童心理学…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story