コラム

パレスチナ問題の特殊性 中東全体の危機へと広がり得る理由

2019年04月25日(木)11時35分

エルサレム問題に反対キャンペーンを張らないアラブ諸国

パレスチナ危機によって、アラブ諸国の政権や統治の正統性が問題化する。なぜなら、イスラエルと対抗して「パレスチナ解放」を実現することは、アラブ諸国の政府や指導者が担うべき「アラブの大義」とみなされていたからだ。しかし、エジプトが単独和平を結んだ後、アラブ諸国は戦うことなく、80年代以降は、パレスチナ人だけが単独でイスラエルと対峙し、多くの犠牲者を出し、アラブ諸国は動かないという構図になっている。

例えば、2009年のイスラエルによるガザ攻撃の時には、ガザでイスラエルの空爆や侵攻で毎日犠牲者が増えているのに、エジプトは南側の国境を閉じたままだった。当時のムバラク政権は、イスラエルに加担しているという批判を受けた。それはエジプトの「アラブの春」で噴き出した政権批判の1つの要因でもあった。

それから10年たって噴き出した今回のパレスチナ危機の発端は、パレスチナ人だけでなく、イスラム教やキリスト教の聖地が関わるエルサレム問題であるが、アラブ諸国が政治・外交的に強力なキャンペーンを張ったわけではない。

トランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都に認定した直後の17年12月、トルコの呼びかけにより、イスタンブールで「イスラム協力機構(OIC)」の緊急首脳会議が開かれた。しかし、イランやパレスチナ、ヨルダンなどからは首脳が出席したものの、イスラム世界の多数派であるスンニ派の盟主であるサウジや、アラブの主要国であるエジプトの首脳は参加せず、宗教省の幹部を送っただけだった。

サウジの対応について、ロンドン在住の著名なジャーナリスト、アブデルバリ・アトワン氏は自ら編集長をつとめるニュースサイト「ラーイ・ルヨウム(今日の意見)」で、「アラブ世界の指導者たちがイスタンブールの首脳会議に参加しなかったことは恥ずべきこと、不名誉なことだ」と批判した。

結果的に、中東でエルサレム問題が注目された18年は、パレスチナ人だけが血を流し、アラブ諸国の指導者たちは沈黙する構図となった。沈黙するだけでなく、19年2月には、パレスチナ人不在のワルシャワ中東会議で、アラブ諸国とイスラエルとの関係正常化に向かう動きが表面化した。

パレスチナ問題の「恥、不名誉」が過激派浸透の土壌をつくる

パレスチナ問題に対して、アラブ世界の指導者たちは冷ややかであるが、アラブの民衆も同じとは言えない。同じくアラビア語を母語とするパレスチナ人の苦難は、アラブメディアやインターネットを通してアラビア語で流れてくる。

2003年6月にサウジアラビアに取材で入った時に、現地の大学でメディア論を専門とする教授が、「いま、アラブ人のテレビニュースは、パレスチナのインティファーダではイスラエル軍の攻撃による、イラク戦争では米軍の攻撃による同胞の血と叫びであふれている」と語ったことを思い出す。

その年の5月には、サウジの首都リヤドで外国人居住地3カ所を狙った大規模な連続車爆弾テロが起こっていた。その4日後にはモロッコのカサブランカでユダヤセンターなどを狙った4件の連続爆弾テロがあった。ともに国際的イスラム過激派組織「アルカイダ」とのつながりが指摘された事件だ。サウジ人の教授には、テロの背景について聞いていた。

教授は、「私はテロには反対だが、パレスチナ人やイラク人などアラブ人が日々やられているのを見せられているアラブの民衆は、過激派が欧米人やユダヤ人を攻撃することを同胞の受難に対する報復と見るだろう」と語った。国は違っても、アラビア語で悲嘆の声をあげるパレスチナ人やイラク人を同胞と捉え、怒りを募らせているということである。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル、米国のイラン介入に備え厳戒態勢=関係筋

ワールド

北朝鮮の金与正氏、ドローン飛来で韓国に調査要求

ワールド

米ミネアポリスで数万人デモ、移民当局職員による女性

ワールド

米、来週にもベネズエラ制裁さらに解除=ベセント氏
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AI兵士の新しい戦争
特集:AI兵士の新しい戦争
2026年1月13日号(1/ 6発売)

ヒューマノイド・ロボット「ファントムMK1」がアメリカの戦場と戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 3
    中国が投稿したアメリカをラップで風刺するAI動画をネット民冷笑...「本当に痛々しい」
  • 4
    Netflix『ストレンジャー・シングス』最終シーズンへ…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 8
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
  • 9
    飛行機内で「マナー最悪」の乗客を撮影...SNS投稿が…
  • 10
    決死の嘘が救ったクリムトの肖像画 ──ナチスの迫害を…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 3
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 4
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 5
    中国が投稿したアメリカをラップで風刺するAI動画を…
  • 6
    次々に船に降り立つ兵士たち...米南方軍が「影の船団…
  • 7
    Netflix『ストレンジャー・シングス』最終シーズンへ…
  • 8
    ベネズエラの二の舞を恐れイランの最高指導者ハメネ…
  • 9
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
  • 10
    「グリーンランドにはロシアと中国の船がうじゃうじ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 3
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 4
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 5
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 6
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 7
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 8
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 9
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story