コラム

シリア内戦と日本の戦争体験はつながっている

2017年03月16日(木)11時53分

「私は血の気が引いて全身の力がぬけたように座りこんでしまった。目の前に置かれた妹の小さな足のすねの所から足首にかけて4センチから5センチほどの間隔で機関銃の穴があるのを胸一ぱいの思いで見た。

あとは顔の方まで目をやることができず、母はどんな状態だったか知りません。ただ血の気がひいた足にある弾痕のみが印象に残っている。あとで父が、妹を胸の下にして、母がおおいかぶさっていたところに斜めに焼夷弾が落ちて、母の胸と妹の頭にあたって倒れていたということである。

誰かが戸板を持ってきてくれて、母と妹は父と親類の人にかかえられ、焼跡の間を火葬場の方へと歩いて行った。名切火葬場の広場も木材がうず高く積まれ多くの死体が焼かれていた」

これは72年前に日本で現実に起こったことである。そして、いま、シリアで日々起こっていることでもある。この文章を読んだとき、70年の時を超えてシリア内戦と日本は、<空襲/空爆>の悲劇でつながっていると実感した。

県立大学での講演の中では、シリア内戦の状況を示した後、佐世保空襲資料室で複写した佐世保の焼け野原の写真を見せて、「私の亡母が子供時代に経験した空襲がいまも繰り返されているとしか思えない」と話した。講演の後で参加した学生が「日本の過去の戦争とシリアの内戦をつなげて考えたことはなかった」と言った。

<空襲/空爆>は、スペイン内戦でのドイツ軍によるゲルニカ爆撃や日本軍による中国・重慶爆撃で始まった。一方、日本は米軍の本土空襲で30万人以上の死者を出した最大の被害国でもある。日本各地に空襲を記録する会があるが、証言者が高齢化し、空襲の記憶が風化している。

日本人の<空襲/空爆>体験は、過去の空爆の被害が若い世代に受け継がれていないという意味で記憶が風化しただけでなく、現在、シリア内戦で続いている<空襲/空爆>の悲劇を自分たちとのつながりでとらえられないという意味で意識までも風化しているといえるだろう。

日本の<空襲/空爆>の悲劇は、イラク戦争での米軍による激しい空爆や2009年から14年まで3回あったイスラエルによるパレスチナ自治区ガザへの大規模空爆、さらにシリア内戦での政権軍による空爆として続いている。日本人は空爆に対してより敏感であるべきだと考える。進行中のシリア内戦6年の悲惨さに目を向けることには、日本で風化する70年前の戦争体験に出合うという意味もある。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

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