コラム

エジプトのキリスト教会テロはなぜ起こったか【解説・前編】

2016年12月22日(木)15時51分

 そのようないくつもの出来事を見ながら、エジプト革命で政治を主導するようになった同胞団と、少数派のコプト教徒の間で、革命前にはなかった連携が生まれているのを感じた。エジプト革命以前は警察が国民を監視し、分断した体制だった。その警察国家が崩れたことで、初めてムバラク時代は政府支持だったコプト教徒と、政府批判勢力でありながらイスラム教徒の間に支持を広げていた同胞団の間で接触する機縁が生まれた。

 それはエジプト社会全体の安定にとっても明るい材料だと思った。しかし、2014年に同胞団出身のムルシ大統領が軍のクーデターで排除され、軍主導政権が生まれて、暗転した。同胞団は弾圧され、コプト教徒の多くは政府支持となり、元の対立の構図に戻った。

軍主導政権のもと、経済は悪化し、社会は分断

 クーデターを率いた参謀総長だったシーシ大統領の下で、イスラム系ではない世俗派の若者たちも政治的に抑えられ、言論弾圧などはムバラク時代よりもひどくなっている。さらに、シナイ半島に拠点を持つ「イスラム国」系武装勢力のテロなどによって、エジプト観光はにとって2016年は最悪の年となり、経済状況は悪化している。

 財政危機に陥っている政権は国際通貨基金(IMF)から支援を求めたが、為替制度の改革が支援実行の条件となり、エジプト中央銀行は11月初めに通貨エジプトポンドを変動相場制へ移行した。それまでの1ドル=8.8エジプトポンドに固定されていた対ドル為替レートは暫定的に1ドル=13エジプトポンドに設定されたが、12月初めには1ドル=18ポンドとなり、ポンドの下落が続いた。エジプトポンドの急激な下落は、輸入品の高騰になり、一方でガソリンや米・砂糖などの食料が値上げされ、人々の生活は苦境に陥っている。

【参考記事】エジプトの人権侵害を問わない日本のメディア

 テロは常に「ソフト・ターゲット」を狙うものであり、軍主導政権に対する国民の不満や怒りが、コプト教会への今回のテロの背景となっていると考えるべきだろう。6年前のコプト教会のテロの時と異なるのは、今回はイスラム教徒とコプト教徒が幅広く「反テロ」で連携するような動きは起きそうにないことだ。さらに、コプト教徒を敵視する過激なサラフィー主義者との間に割って入る同胞団は手足を縛られている。

 社会の亀裂が深まっているなかで、コプト教徒は安全のためにさらに軍の強権に依存せざるを得なくなくなるだろう。しかし、社会に過激派が浸透するのを防ぐのは、市民の間の連絡と連携であり、社会の分裂が過激派のテロを生むことは、イラク戦争後にシーア派とスンニ派が対立し、現在の「イスラム国」につながるイスラム過激派が生まれたことを見ても明らかである。

 今回のコプト教会の爆弾テロは、強権の下でエジプト社会が亀裂を深めた結果であり、さらにこれを契機として、さらなる悪化に進むのではないか、という懸念を抱かざるを得ない。

【キリスト教会テロ解説・後編】イスラム教・キリスト教の対立を描くエジプト映画

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナ資源譲渡、合意近い 援助分回収する=トラ

ビジネス

米バークシャー、24年は3年連続最高益 日本の商社

ビジネス

ECB預金金利、夏までに2%へ引き下げも=仏中銀総

ビジネス

米石油・ガス掘削リグ稼働数、6月以来の高水準=ベー
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 5
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 9
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story