コラム

ジャーナリストが仕事として成り立たない日本

2016年05月31日(火)11時12分

 私が長年中東でジャーナリストとして働いてきて感じるのは、最後は民衆の意思が政治を動かすということである。普段、政治を支配し、政治的な意思として出てくるのは、政治指導者や宗教指導者、権力を持つ政治組織である。しかし、民衆の怒りや不満が募って噴き出せば、独裁者にも、秘密警察にも抑えきれなくなる。ジャーナリストが現場で拾う実感を伴う民衆の声の中に、将来を求める意思がうごめいている。

「トラックのドライバーの方が実入りがいい」

 授賞式の後の記念シンポジウムでは、桜木さん自身の話を中心に、ジャーナリストとして生きることの難しさがテーマとなった。それはジャーナリストがシリアのような危険地帯で取材することの難しさというよりも、日本で、ジャーナリストとして生活することの難しさである。

 桜木さんは1回につき1~2か月、シリアなど海外で取材をするために、トラック運転手をして100万円貯金がたまれば取材に出かけるという。それは取材費だけでなく、取材して戻った後に、原稿をまとめたり、売り込んだりするために働くことができない期間の生活費や、海外に出ている時に家賃など日本で払わなければならない費用も含まれているという。

 桜木さんは著書の中でも次のように書いている。「ジャーナリスト、それだけでは食べていけないのが現実である。取材費を回収するにはメディアでの発表が欠かせない。テレビであれば、数百万のギャラが期待できるが、私は雑誌での発表が主体である。一般誌でも昨今の出版不況の影響からか、航空券のチケット代が浮く程度の原稿料である。トラックのドライバーの方がよほど実入りはよかった」

 シンポジウムでの桜木さんの話や、その後も個人的に話を聞いて、いまの日本では、桜木さんのような若いフリーランスのジャーナリストが、仕事として成り立たなくなっているということを強く感じた。

 桜木さんは2015年4月にコバニを取材した後、9月までに本の原稿を書き上げ、大手も含めて4つの出版社に原稿を売り込んだが、出版には至らなかった。ある出版社の編集者は「原稿はいいが、ノンフィクションは売れない」と言って、結局採用されなかった。5つ目で小出版社が出版してくれることになったが、印税で取材費が回収できる見込みはほとんどないような厳しい条件だという。

 桜木さんの本の内容のすばらしさは、選考委員の講評を見れば一目瞭然であるし、実際に読んでみれば、誰もが実感できる。問題は、このような本を出版することが、日本の大手出版社におおよそ期待できないような状況になっていることである。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

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