コラム

ジャーナリストが仕事として成り立たない日本

2016年05月31日(火)11時12分

「総身で受けとめた戦場と人びとの生死の実相をともかく伝えたい。著者のその切迫した思いが結晶した作品として高く評価したい。アサド政権と戦う側への一体感が強すぎる表現も見られるが、ダマスカスで会った政権支持者の声もすくい上げており、冷静な視点も失っていない」(吉田敏浩・ジャーナリスト)

日本人のジャーナリストによる報告が必要

 これらの講評を見るだけでも、受賞作が持つ緊迫感や、戦争の実相を自分の足で歩き、目で見て伝える報告としての価値は伝わると思う。シリア内戦や「イスラム国」についての本は何冊も出版されているが、一人のジャーナリストが首都での反政府デモの発生から、反体制地域の惨状、さらにISとの戦いの最前線まで時間をかけて歩いた「シリア内戦」をたどる現場の記録としては、いまのところ、この本が唯一であろう。

 桜木さんはこの本で、「人は何のために戦争をしているのか」と問い、さらに「自分は何のために危険な場所で取材をしているのか」と自問する。その答えを探しつつ、人々の多様な声を紹介している。桜木さんが従軍する反政府組織は前線で生死を共にする仲間であるが、前線を離れると、その武装組織について住民は「あいつらも信用できない。誰もいない民家に忍び込んで好き勝手やっている」と不信感を示す。本書は、複雑すぎるシリア内戦を一人のジャーナリストが見た視点ではあるが、決して見方が単純化されることはなく、ジャーナリストの根源的な問題意識の中に、矛盾や葛藤を含む現地の人々の肉声が流れ込んでいる。

 桜木さんがシリアのデモの現場や戦争の現場で考え、書いていることが胸に響くのは、日本に生活の基盤をおいているジャーナリストが紛争の地であるシリアに行って「なぜ、この人たちは...」「なぜ、自分は...」と考えているからである。

 シリア内戦で、何に疑問を持ち、何に注意を向け、何を問うかは、ジャーナリスト個人によって異なるが、それは個人の問題だけではない。それぞれのジャーナリストが否応なく背負う社会や国の状況によっても、シリア内戦を見る目は変わってくる。その意味では、世界が注目するシリア内戦について、欧米のジャーナリストによる報告も貴重であるが、日本人のジャーナリストがどのように見たかという報告がなければならない。

【参考記事】安田純平さん拘束と、政府の「国民を守る」責任

 シリアの内戦を歩き、そこに生きる人びとの言葉を伝える桜木さんのジャーナリストとしての仕事は、彼の本の中に、作品として結実している。彼の本を読むことで、私たちは実感を伴う体験としてシリア内戦に触れることができる。それはジャーナリストの実感であるが、その実感の元になるのは、ジャーナリストが話を聞く、現地の人々の様々な実感である。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国とサウジが外相会談、地域・国際問題で連携強化

ビジネス

グーグルがパプアに海底ケーブル敷設へ、豪が資金 中

ワールド

トルコ、利下げ後もディスインフレ継続へ=中銀総裁

ビジネス

印インディゴ、顧客に5500万ドル強補償 大規模欠
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 5
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    大成功の東京デフリンピックが、日本人をこう変えた
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 9
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story