コラム

カトリックかプロテスタントか......聞くに聞けない北アイルランドのタブー

2021年06月05日(土)14時30分

唯一アイルランドが結束するのはラグビーの統一チームだ Issei Kato-REUTERS

<北アイルランドの人にはタブーな質問から独特のなまり、南北が唯一結束するあの分野まで北アイルランドの基礎知識、その後編>

北アイルランドについて興味を持ってくれた読者のために、もう少し「逸話的な」話を少々加えておきたい。

前回、北アイルランドには民族的マイノリティーが少ないということを書いた。僕の子供時代、こんなジョークがあった――若い男たちの集団がある若者をつかまえて、おまえはカトリックかそれともプロテスタントかと聞いた(自分たちとは「違うほう」だったら叩きのめしてやるつもりだったのだ)。「実は、僕はユダヤ人なんです」と、彼は答えた。男たちの集団は混乱した。それから1人が口を開いた。「ええと、それでお前はカトリック系ユダヤ人か、それともプロテスタント系ユダヤ人か?」

* * *


見知らぬ人に囲まれて自分の属性を明らかにさせられることは、北アイルランドでは本当に大変なことだった。でもそれは別にしても、あからさま過ぎる質問は通常、タブー視された。北アイルランド以外のイギリスのどこかで北アイルランドの人と会ったとき、イギリス人としてはその人がカトリックかプロテスタントか気になるところだが、失礼に当たるかもしれないから本人に聞くことはできない。外見からはどちらとも判別できない。時には名前がヒントになるかもしれないが(ある種の名前は明らかに「アイルランド的な」ものもある)、あまり知られていないアイルランド的な名前だってたくさんあるし、アイルランドっぽいけど実は違うという名前だってあるから、名前で判断するのはあまり正確ではない。

ある見分け方は、カトリックは北アイルランド第2の都市をデリーと言うが、プロテスタントはロンドンデリーと呼ぶということだ。他にはどうやら、カトリックは「h」の音を帯気音で発音するようだが、プロテスタントは発音しない、などがある。

でも北アイルランドの人々はこのことを十分承知しているから、こちらが「ベルファストじゃないほうの都市はなんて言うんだっけ?」とか「......はどういう綴りだっけ?」などと聞けば、瞬時に狙いを見破られてしまう。

緑がカトリックでオレンジがプロテスタント

緑色はアイルランドと関わりがあり、一方でオレンジ色はユニオニスト(イギリス残留を狙うプロテスタント)の色に採用されている(プロテスタントの王ウィリアム4世がオランダ出身の「オレンジ公」〔オランダ語でオラニエ公ウィレム〕だったことに由来する)。つまり緑色はカトリックでオレンジ色はプロテスタントを意味するわけだ。

僕は子供時代にこのことを知らずに、アイルランドのフォークソングを聞いて育った(僕の一家は西アイルランド出身)。その中に、好きな曲だけど奇妙な歌詞のものがあった。「これは見たこともないほどのゴタゴタだ/俺の父さんはオレンジ色で俺の母さんは緑色......」

いったいどちらが奇妙だろう。この歌詞を聞いて少年時代の僕が、この歌手の親は色鮮やかな緑色とオレンジ色なのだと思い込んでいたことか。それとも、同じ宗教でわずかに宗派の違う男女が結婚することがそんなにも異様だと思われていたことか。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ヘッジファンド、銀行株売り 消費財に買い集まる=ゴ

ワールド

訂正-スペインで猛暑による死者1180人、昨年の1

ワールド

米金利1%以下に引き下げるべき、トランプ氏 ほぼ連

ワールド

トランプ氏、通商交渉に前向き姿勢 「 EU当局者が
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中にまさかの居眠り...その姿がばっちり撮られた大物セレブとは?
  • 2
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機」に襲撃されたキーウ、大爆発の瞬間を捉えた「衝撃映像」
  • 3
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別「年収ランキング」を発表
  • 4
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    【クイズ】次のうち、生物学的に「本当に存在する」…
  • 7
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 10
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 9
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 10
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story