コラム

「イギリス人は階級が9割」......じゃない!

2015年08月11日(火)16時50分

■格差への怒りはむしろ薄れる

 一見分かりやすく感じられる彼らだが、実際のところはそんなに単純でもない。ジョンは典型的な上流階級の子供に見える。気取ったアクセントで話し、必要以上に正装し、狐狩りをし(21歳で)、考え方はひどく保守的だ(ストライキは非合法化すべきだと14歳で言う)。上流の上流であるオックスフォード大学クライストチャーチ・カレッジに進み、上流の上流である法廷弁護士になった。彼についてこれしか情報がなければ、簡単に嫌いになれるだろう。

 ところがジョンの言葉には知性と見識がある。人種差別が当たり前だった時代(1971年)に彼は、人間は自らの力で変えられないものによって差別されてはならないと話している(つまり人間は、その行動や言葉によって判断されるべきだという)。また自分の人生は恵まれているので、できるだけのことをなし遂げて社会に還元するのが自分の責任だとも語っている(イギリスを離れて外国で高収入を得て暮らすのは、道徳的に誤っていると考えている)。

 その後、ジョンは(共産主義崩壊後に困窮していた)ブルガリア支援の団体を設立し、その活動に多くの時間とエネルギーを費やすようになる。彼は銀のスプーンを口にくわえて生まれてきたような典型的な上流階級の人間に見えるけれど、母親がブルガリア出身で、9歳で父親に死なれ、母親が働いて息子の学費を工面しなければならなかったことが明らかになる。

 彼と同じ私立学校出身のアンドルーは、ケンブリッジ大学トリニティー・カレッジで学び、法律家になる。暮らしは裕福だが、彼も思慮に富み、自分の幸運への感謝を欠かさない。彼はたとえば、体制側の人々が自分の子供を私立学校に入れることで、公立学校の窮状に無関心になりがちな点を心配する。

 彼の話を聞いていると、僕が抱く階級格差への怒りはむしろ薄れていき、「自分に与えられたチャンスを利用して最善を尽くした『いいやつ』じゃないか」などと思ってしまう。

 ドキュメンタリーに登場する全員について、面白い話をすべてここで紹介するのはとても無理だ(本当はそうしたいところだけれど)。あまりにも複雑すぎる。

 そしてこれこそが、この番組がさりげなく、力強く伝える重要な点だと思う。階級は運命であり、育った環境や話し方、装いで人間を理解できると、僕たちは考えるかもしれない。

 いや、そんなことはできっこない。僕の新しい「友人たち」が教えてくれたように、人間の生活、そしてイギリス社会は、はるかに複雑だ。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏「人生で最高の栄誉の一つ」、異例の2度目

ワールド

ブラジル中銀が金利据え置き、2会合連続 長期据え置

ビジネス

FRB議長、「第3の使命」長期金利安定化は間接的に

ワールド

アルゼンチンGDP、第2四半期は6.3%増
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 4
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 5
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 7
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story