コラム

トランプの経済政策は、アメリカだけが得をする「歪んだグローバリズム」

2016年11月14日(月)15時50分


 
 米国企業が海外で稼いだ利益のレパトリエーション(国内環流)について、35%の税率を1回限り10%にする計画をトランプ氏は打ち出しています。レパトリは1回限りとは言え、法人税そのものも35%から15%へ引き下げへというのですから、海外でがっぽり稼いだお金を米政府に納税し国民に積極的に再分配して還元するのではなく、多国籍企業の懐に入れてよしとする。反グローバリズムをそれとなく標榜しながらもグローバリズムの恩恵だけは預かるというわけです(国内の設備投資や雇用に回される分もあるので全額とは言いませんがどう使うかは企業の裁量次第です)。

 米国の法人税率は各国比で見ても高率なため、国内に拠点は置きつつ国際課税のルール下で合法的に拠点を低税率の国へ分散するなどして節税対策をしてきています。国内の税率いかんに関わらず、出ていきたい企業は海外へ、国内に留まる企業は国内に留まっているのが現実です。つまり、法人税を引き下げたところでトランプ氏が目的とする米国企業の国内拠点回帰が劇的に進むかどうかは疑問で、海外利益部分の還流を促すだけの可能性もあります。周知の通り、法人税の引き下げは新自由主義やグローバリズムと親和性が極めて高いものです(なお、ワタクシ自身は市場競争原理やグローバリズムを全否定する立場は取っていません。オバマ大統領同様、それを前提にしたフェアで明確なルール・メークを求める立場です)。

【参考記事】ドナルド・トランプとアメリカ政治の隘路

 トランプ氏の勝因について「『反グローバリズム』という言葉にあるナイーブで楽観的な視点からは大きくずれている」との指摘をいみじくも友人がしていましたが、先述のドット・フランク法の撤廃を早速公言、次期財務長官候補の1人にそのドット・フランク法縮小を掲げるジェブ・ヘンサーリング下院議員(共和党、テキサス州)が上がっています。これが実施となれば、レバレッジをかけ膨れ上がった大量の投機資金がヘッジファンドなどを通じて国境をいとも簡単に超えていくことが再び可能となります。これまでの異次元の量的緩和で日銀の当座預金に積み上がった使い道のない資金もこうした規制緩和によって食指が延ばされ、グローバル市場に流れていくでしょう。

 つまるところ、少し乱暴な総括ではありますが、「反グローバリズム」は人種的な側面が強く、実体のある商取引だけは保護主義で、実体のない金融取引はどんどんレバレッジをかけてグローバルに活躍してくれて結構というもの。言い換えると、貿易協定を否定し他国からの製品の流入には高関税をかけるなど自国優位の保護貿易を推進しつつ、海外で稼いだ利益の還流だけは米国内にしやすくする、金融取引に関しては商取引の何倍にも膨張しては弾けることを世界中で繰り広げた90年代、2000年代の発想に戻すというのですから、最も歪んだ形のグローバル主義の推進とも言えます。ちなみに、グローバリズムの「いいとこ取り」だけをしないよう、各国共通のフェアなルールを作りましょうというのが本来の国際協定や自由貿易協定でもあります。

プロフィール

岩本沙弓

経済評論家。大阪経済大学経営学部客員教授。 為替・国際金融関連の執筆・講演活動の他、国内外の金融機関勤務の経験を生かし、参議院、学術講演会、政党関連の勉強会、新聞社主催の講演会等にて、国際金融市場における日本の立場を中心に解説。 主な著作に『新・マネー敗戦』(文春新書)他。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

原油先物は横ばい、米国の相互関税発表控え

ワールド

中国国有の東風汽車と長安汽車が経営統合協議=NYT

ワールド

米政権、「行政ミス」で移民送還 保護資格持つエルサ

ビジネス

AI導入企業、当初の混乱乗り切れば長期的な成功可能
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story