コラム

トランプの経済政策は、アメリカだけが得をする「歪んだグローバリズム」

2016年11月14日(月)15時50分

 より具体的に、2015年の米家計所得の中央値(平均値ではなく集団の真ん中の値)は5万6516ドル、2014年の5万3718ドルからの5.2%増の伸び率は統計開始の1968年以来最大です。中央値の過去最高であったITバブル真っ只中の1999年5万7909には2.4%及ばないものの、また住宅バブルのピーク時だった2007年の5万7423には1.6%及ばないものの、最高水準にあります。2015年の貧困率13.5%、対前年比1.2%減は1999年以来最大の低下率であり、所得増も貧困率の改善も幅広い年齢、地域、人種、性別を問わず広がっています。トランプ陣営は「(オバマ政権下で)Paychecks have been stagnant(給料は停滞してきた)」としますが、これは虚偽ということになります。

 なぜか日本国内でもすこぶる評判が悪かったオバマケアですが、実際にはそのおかげで医療保険に一切カバーされていない非加入率が2015年には9.1%にまで低下。特にYoung Adultと称される若い世代の非加入率は2010年に30%と全世代と比較しても突出して高かったのが2015年には劇的に改善しています。トランプ陣営は「health insurance, has not been a success(オバマケアは成功しなかった)」としますがこれもまた事実と異なります。

【参考記事】<動画>「トランプはわたしの大統領ではない」全米各地で抗議デモ

 派手さがなかったと米国民には映ったのかもしれませんが、着実な実体経済の回復は極めて地味なものです。チェンジは劇場型とは限らないし、経済に劇的・爆発的チェンジを求めれば、かつてのサブプライム・バブルのような信用取引の拡大に繋がる恐れがあります。それをドット・フランク法(サブプライムの反省から野放図だった金融規制に関して、消費者保護を主眼にデリバティブの包括的規制などを中核に据えて実施)で抑え込んだのがオバマ氏の経済政策でもあります。彼の政策が100%完璧だったとは言いませんが、正当な評価を受けるべきでしょうし、議会との対立の中で中間層復活のために本当に尽力したと思います。

 例えば所得税に関して、トランプ氏の選挙公約ではこれまで7つの税率区分の連邦所得税を3つに削減、最高税率は現在の39.6%から33%への引き下げ、相続税(死亡税)も廃止の方向です。議会で全て承認となれば、年収370万ドル以上の上位0.1%富裕層は年間100万ドルの節税との試算もあります。80年代のレーガン政権以降、いわゆる新自由主義の台頭で上位1%の富裕層の所得税減税が実施されてきましたが、オバマ政権での課税見直しによりその負担が1979年水準まで戻っていたにも関わらず、これで逆戻りとなります。

 あれほど格差是正を待ち望んでいたはずの米国民が格差拡大、富裕層優遇を是としたのが今回の結果です。出口調査では低所得者層はクリントン支持ですが、それ以外の層は格差を是認しても、富裕層を圧倒的に利するとしてもなお避けたい、嫌忌する何かがあるということでしょう。

プロフィール

岩本沙弓

経済評論家。大阪経済大学経営学部客員教授。 為替・国際金融関連の執筆・講演活動の他、国内外の金融機関勤務の経験を生かし、参議院、学術講演会、政党関連の勉強会、新聞社主催の講演会等にて、国際金融市場における日本の立場を中心に解説。 主な著作に『新・マネー敗戦』(文春新書)他。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:中国人民銀、関税懸念のなか通貨安定に注力

ワールド

ジェーン・ストリート、インド規制当局に異議申し立て

ワールド

米特使、ローマでのウクライナ復興会議に出席へ=イタ

ワールド

東南アジア諸国、米高関税適用受け貿易交渉強化へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 5
    「ヒラリーに似すぎ」なトランプ像...ディズニー・ワ…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    米テキサス州洪水「大規模災害宣言」...被害の陰に「…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    中国は台湾侵攻でロシアと連携する。習の一声でプー…
  • 10
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 3
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸せ映像に「それどころじゃない光景」が映り込んでしまう
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 6
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 10
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story