コラム

今振り返りたい「日本でゼロコロナ」提言の危うさ

2022年10月15日(土)13時50分
東京五輪、オリンピック

五輪開催の是非をめぐる議論は忘却のかなたに(21年7月、東京)Thomas Peter-Reuters

<本誌連載、石戸諭氏による忘却されたニュースを振り返るコラム。第1回は世界がコロナとの共生に動くなか、日本で「ゼロコロナ」が提唱された昨年の現象をプレイバック>

ニュースは急速に忘れられる。1年ほど前の夏、2021年のホットトピックは新型コロナと東京オリンピック・パラリンピック開催の是非だった。メディアには多くの「専門家」が登場し、それぞれの「科学的根拠」を基に自分たちの主張を語っていた。

この時期われわれは、専門家の極端な主張をしばしば聞くことになった。その代表的な事例が「ゼロコロナ」論である。専門家はあくまで、その分野の「専門」であって、複雑で多様な利害がある社会の一パーツでしかない。彼らが専門外の提言まで踏み込むとき、そこにはしばしば危うさが垣間見える。

感染症のプロを自任し、鋭い政府批判で喝采を集めていた神戸大学教授の岩田健太郎氏は中国、台湾、オーストラリア、ニュージーランドを挙げて「ゼロコロナ」を達成しているとし、日本でも「ゼロコロナ」はできると主張していた。これは、昨年3月に読売新聞の医療メディアに掲載された論考だ。昨年1月に毎日新聞のインタビューで「欧米の例を見ても、新型コロナの市中感染をある程度、容認しながら経済活動を継続させようとしても、うまくいかないことが明らかになりました」と語っていたのは、臨床疫学を専門とする徳田安春氏だ。

両氏に限らず、「ゼロコロナ」に賛意を示した専門家は少なくない。岩田提言のポイントは、国内のゼロコロナ達成法を具体的に記載していることだ。例えば、島根県ではゼロコロナを比較的容易に達成できるとして、達成後に「流行地と非流行地の往来を制限する『セグメンテーション(分断化)』」を提唱していた。移動の自由に制限をかけるような強行的な提案だが、SNS上ではそれなりの支持を得ていた。

オミクロン株が広まり、島根でも感染が拡大したことで、その提言はほぼピント外れになってしまったが、問題は結果にはない。専門家が、「正義感」から提言した社会に負のコストがかかる政策に踏み込む姿勢は、どれだけ批判的に検討されたか。

プロフィール

石戸 諭

(いしど・さとる)
記者/ノンフィクションライター。1984年生まれ、東京都出身。立命館大学卒業後、毎日新聞などを経て2018 年に独立。本誌の特集「百田尚樹現象」で2020年の「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞作品賞」を、月刊文藝春秋掲載の「『自粛警察』の正体──小市民が弾圧者に変わるとき」で2021年のPEPジャーナリズム大賞受賞。著書に『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)、『ルポ 百田尚樹現象――愛国ポピュリズムの現在地』(小学館)、『ニュースの未来』 (光文社新書)など

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

レゾナック、1―9月期純利益90%減 半導体材料上

ワールド

焦点:中国の米国産大豆購入、国内供給過剰で再開は期

ビジネス

SBI新生銀、12月17日上場 時価総額1.29兆

ビジネス

三越伊勢丹HD、通期純利益予想を上方修正 過去最高
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    ファン激怒...『スター・ウォーズ』人気キャラの続編をディズニーが中止に、5000人超の「怒りの署名活動」に発展
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    ついに開館した「大エジプト博物館」の展示内容とは…
  • 8
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 9
    冬ごもりを忘れたクマが来る――「穴持たず」が引き起…
  • 10
    「麻薬密輸ボート」爆撃の瞬間を公開...米軍がカリブ…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 8
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 9
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story