コラム

ビジネスパーソンが好きな、実は「教養」に最も遠い教養本

2021年08月11日(水)12時34分

HISAKO KAWASAKIーNEWSWEEK JAPAN

<「意識が高い」ビジネスパーソンの間でトレンドになっている教養。しかし「1日1ページ」うんちく・トリビアを読むだけでは、当たり前だが真の教養は永遠に得られない>

今回のダメ本

ishido-web210811.jpg1日1ページ、読むだけで身につく世界の教養365
デイヴィッド・S・キダー 、ノア・D・オッペンハイム[著]
文響社
(2018年5月2日)

少し前からビジネスパーソンたちの間で、大きなトレンドになっているのが「教養」である。ビジネス本の棚を眺めていると、ありとあらゆる「教養」が目に留まる。彼らにとって、芸術、哲学、音楽、読書等々、あらゆることを知っていることが重要らしい。

新しい教養主義の特徴は、取りあえずこの1冊を読めば大丈夫だと思わせるような書き方になっていることだ。本書はある意味では、「教養」を求めるマーケットを切り開いた1冊であり、部数的な成功を収めた1冊だ。やはりというべきか、分かりやす過ぎるくらい分かりやすく、ある種の欲望に答えている。

その欲望というのは、こう言い換えることができる。「成功するためには幅広い知識が必要で、それを満たしてくれる1冊が欲しい」

月曜日は西洋を中心とした歴史のうんちく、火曜日は文学、水曜日は視覚芸術をフォローし、木曜日は科学から小ネタを拾い集め、金曜日は楽譜の読み方やらモーツァルトといったクラシック音楽を中心に紹介していき、土曜日はアリストテレスやプラトンなど古代ギリシャから、現代のジョン・ロールズが問うた「正義」の問題まで哲学を幅広くカバー、日曜日は宗教を学ぶ。

1日1ページずつ読んでいけば、1年かけて教養が身に付くという触れ込みだ。さらに丁寧なことに、1つの項目につき、いくつかの雑学的な小ネタまで書かれている。これによって、辞書の定義どおりの教養、すなわち「学問、知識などによって養われた品位。教育、勉学などによって蓄えられた能力、知識。文化に関する広い知識」(日本国語大辞典)が手に入るということなのだが......。しかし、こうしたもくろみはあまりにも安直だと言わざるを得ない。

ここに取り上げられているトピックは、かなり好意的に読めば百科事典のようなもので、1つのトピックについて事典的な要素が盛り込まれているにすぎない。本来なら1ページで完結できるようなテーマではないものを、あらゆる議論を可能な限り排して、無理やり分かりやすく収めようとしている。その程度のものだと割り切って読むほかないものだ。いつの間にか、「教養」は雑学本の延長にあるようなものになっている。

プロフィール

石戸 諭

(いしど・さとる)
記者/ノンフィクションライター。1984年生まれ、東京都出身。立命館大学卒業後、毎日新聞などを経て2018 年に独立。本誌の特集「百田尚樹現象」で2020年の「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞作品賞」を、月刊文藝春秋掲載の「『自粛警察』の正体──小市民が弾圧者に変わるとき」で2021年のPEPジャーナリズム大賞受賞。著書に『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)、『ルポ 百田尚樹現象――愛国ポピュリズムの現在地』(小学館)、『ニュースの未来』 (光文社新書)など

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