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『わかりやすさの罪』から抜け落ちている「わかりやすさ」との戦い方
HISAKO KAWASAKI-NEWSWEEK JAPAN
<「自分で考えることが大事だ」と説き、読者や書店員、出版業界関係者からの賛辞に事欠かない本書だが、社会の複雑さを実感するために不可欠なはずの取材という行為はない>
今回のダメ本
『わかりやすさの罪』
武田砂鉄[著]
朝日新聞出版(2020年7月)
ライターとは何か。私のライター観はこの本を読みながら、随分と揺さぶられた。タイトルとは真逆に著者の主張はとてもわかりやすい。政治的なスタンスはわかりやすく反安倍晋三政権で、わかりやすく右派の主張に疑義を唱え、わかりやすく「自分で考えることが大事だ」と書く。時事的な事象に対して、自分の頭で思考し、そのプロセスごと掲載するという姿勢は、今の何かにつけわかりやすい二項対立で選択を迫られるメディア環境ではとても大事だし、その点について私も同意することが多い。本書が世の中に出ていく意義は十分にある。
何より本書は読者や書店員、出版業界関係者からの賛辞に事欠かない。独自にマーケットを切り開き、ファンを抱えていることも素晴らしいことだ。
そこで問いは冒頭に戻る。本書は、「ライター」を名乗る武田砂鉄によるものだが、不思議なほど取材という行為がない。現場取材の中で、葛藤するというページもあまりにも少ない。「あいちトリエンナーレ2019」に行ったというくだりはあるが、それも「雑多な感情」を排したと河村たかし名古屋市長を批判して終わる。ならば河村へ取材を申し込んでみよう、関係者に話を聞いてみようということはしない。元となった雑誌連載の性質上、そうなったと言えば「納得」できるのだが......。
私のようなライターにとって、社会の複雑さや「わかりにくさ」を実感する場は、取材しかない。自分の周囲にはいない人間に会う「取材」という行為にこそ、「わかりにくさ」を肌で感じる瞬間がある。
取材は取材者が自分の体を使って、現場や人を視(み)にいき、耳をそばだてて声を聞き、歩きながら思考する行為だ。日本の右派、自粛警察活動にのめり込む若者、本誌で取り組んだ新宿・歌舞伎町のホストと行政、公衆衛生の専門家......。私は取材を通し、徹底的に事実を集め、あまりにもわかりにくい「分断の向こう側」を知ろうとした。
「わかりやすさの罠」に陥らないために、取材という方法を採ったと言えるだろう。世界中のライターがやってきたように、無駄を重ねた。たった一言を聞くために外で何時間も待ったり、「やっぱり取材は遠慮したい」という相手を繰り返し説得したり......。こうした事実を集める無駄な時間と取材が、私を「わかりやすさ」の誘惑から救ってくれた。
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