コラム

なぜEUは中国に厳しくなったのか【後編】3つのポイント=バルト3国、中露の違い、ボレル外相

2021年07月09日(金)20時49分

今年4月6日、トルコのエルドアン大統領を訪問したときに、EU側には椅子が一つしか用意されていなかった。そこにミシェル理事会議長が「さっさと」座り、デアライエン委員長は椅子がなくて困惑したという話だ(ユンケル委員長&トゥスク理事会議長の時代、2017年のトルコとの会談では、EU側に椅子は二つ用意されていた)。

4月26日になって、デアライエン委員長は、欧州議会で、トルコにおける女性差別を批判、ミシェル氏に対しては名指しはしないが、「傷ついた」という表現で、間接的で一段柔らかい批判をした(「傷ついた」は感情表現だから、のちにミシェル氏がそうしたように謝罪すれば、終わらせることができる種類のものだと思う)。

参考記事(BBCニュース):会談で席がない... 女性の欧州委員長、トルコを性差別と批判 2021年4月の記事

二人とも、仕事には真摯にとりくんでいるし、特にデアライエン委員長の能力は高いのだが、なんだか情けない状況である(前のユンケル委員会のチームワークが良すぎたのかもしれないが)。

そのために、よけいにボレル氏がいっそう重きをなして見えるのかもしれない。

さらに、ボレル氏は明確に左派(中道)の人で、社会主義者としての長年の実績がある。

彼はコロナ禍の前の時代、あのすさまじい移民の流入を前にして、それでも移民の人権を考え、左派の思想を決して捨てなかった筋金入りである。

移民を全員受け入れろという訳では決してないが、欧州で極右が台頭して移民排斥を唱えた状況で、人道は忘れずに、理性的な解決策を講じようとした人である。

欧州の多くの国の左派リーダーは、それができなかった。動揺して、ためらいや逆行を見せてしまった(無理もないが・・・)。これが、欧州の中道左派の政党は、全体的に弱体した理由の一つである。

支持者の市民たちは、自分たちも動揺して右に振れる人もいれば、逆行した中道左派に失望してもっとラジカルな左(極左)に行く人、緑の党系に行く人、新しい党に行く人など、様々だった。

そんな中で、移民の人権への意識を決して捨てなかったボレル氏は、人間の権利を語る資格のある人物として認識され、信頼されたのだと思う。当時の政策には、多分にポーズも含んでいる所はあったとは思うが、それができるだけでも大したものであったと思う。

EUに携わるヨーロッパ人は、このことを決して忘れていないに違いない。だからこそ今、彼が人権問題で力を振るうことには信頼がおけるし、任せられる。安全保障政策はきなくさい要素をはらむものであるが、この人なら強気の態度を示しても、EUの理念に反する行動はしないと思えるのだろう。

プロフィール

今井佐緒里

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出合い、EUが変えゆく世界、平等と自由。社会・文化・国際関係等を中心に執筆。ソルボンヌ大学(Paris 3)大学院国際関係・ヨーロッパ研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。編著に「ニッポンの評判 世界17カ国最新レポート」(新潮社)、欧州の章編著に「世界が感嘆する日本人~海外メディアが報じた大震災後のニッポン」「世界で広がる脱原発」(宝島社)、連載「マリアンヌ時評」(フランス・ニュースダイジェスト)等。フランス政府組織で通訳。早稲田大学哲学科卒。出版社の編集者出身。 仏英語翻訳。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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