コラム

オリンピックの競技連盟で権力を持ち始める、中国のスポーツ戦略

2021年05月06日(木)11時11分
2022年冬季五輪競技大会の彫像

北京組織委員会の近くにある2022年冬季五輪競技大会の彫像 (2021年)Tingshu Wang-REUTERS

<スポーツを否定した文革時代から一転、世界に影響力をもつ手段として五輪を利用するようになった中国>

中国が意欲的なのは、一帯一路による政治経済の世界だけではない。スポーツ界も同じである。世界のサッカーにバスケットボール、そして最も大きいのは、何と言ってもオリンピックである。

2008年の夏季北京オリンピック、そして2022年2月には冬季北京オリンピックが開かれる予定で、史上初の一都市開催となる。

オリンピックの正式競技になっている大半の競技連盟は、スイスのローザンヌ、チューリッヒ、バーゼルなどに本部を置いている。これらの静かなホールでは、スポーツの地政学が大きな役割を果たしている。

中国は、ここで大きな権力をつかもうと努力しているとル・モンド紙は伝えている。

狙うべき場所を知っている

それでは、現状はどうなっているのだろうか。

今の段階で、約40存在するオリンピックに参加する競技の連盟の中で、中国人が会長を務めているのは、セーリング(ヨット)連盟だけである。2020年11月から、中国人男性が任に就いている。

この数は、26人いるヨーロッパ人、3人いるロシア人に比べれば少ない。しかし、アメリカですら、今は国際テニス連盟(ITF)という1団体しかトップを務めていない。

「国際の競技連盟の会長になるには、副会長や、執行委員会のメンバーになっていなければならないことが多いのです。そこが最も大きな力を持つ場所であることが多いと言えるでしょう」と、ローザンヌ大学名誉教授のジャン=ルイ・シャプレ氏は語る。

自国の声を届け、利益を得るためには、これらの連盟の中に足を入れることが重要なのである。中国人はこの点をよく理解しており、現在では5人の副会長を擁している。

「幹部にしか興味のないアメリカ人よりも、はるかに慎重にネットワークを編んでいます」と、ある関係者はいう。

中国という国は、広大で多様な地域を束ねている。共通語である北京語を話さなければ、地域が異なるとお互い言葉すら通じないのだ。そのため、国際組織でどこを狙えば良いか、心得ているのかもしれない。

スポーツエリートの批判から国威高揚の手段へ

このような戦略は、比較的最近のものである。

1950年代までの中国では、スポーツには政治的な価値はないと思われていた。娯楽か軍事の目的でしか行われていなかった。冷戦の影響で、「オリンピックは単なるスポーツだけではない」という意識が芽生えたと、国際戦略関係研究所(IRIS)研究員であるキャロル・ゴメス氏は言う。

1966年から始まった文化大革命では、スポーツの政策や体制はほとんど否定され、批判の対象となった。公式的なスポーツイベントは言うまでもなく、競技選手のトレーニング活動も停止されたという。

70年代半ばに文化対革命は終わりを告げ、改革解放の時代がやって来ると、国のスポーツ政策として、初めて競技力の向上を優先的に配慮するようになった歴史をもっている。

プロフィール

今井佐緒里

フランス・パリ在住。個人ページは「欧州とEU そしてこの世界のものがたり」異文明の出会い、平等と自由、グローバル化と日本の国際化がテーマ。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使インタビュー記事も担当(〜18年)。ヤフーオーサー・個人・エキスパート(2017〜2025年3月)。編著『ニッポンの評判 世界17カ国レポート』新潮社、欧州の章編著『世界で広がる脱原発』宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省庁の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾閣僚、「中国は武力行使を準備」 陥落すればアジ

ワールド

米控訴裁、中南米4カ国からの移民の保護取り消しを支

ワールド

アングル:米保守派カーク氏殺害の疑い ユタ州在住の

ワールド

米トランプ政権、子ども死亡25例を「新型コロナワク
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人に共通する特徴とは?
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 5
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「火山が多い国」はどこ?
  • 7
    村上春樹は「どの作品」から読むのが正解? 最初の1…
  • 8
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 9
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 10
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story