コラム

ノートルダム大火災の悪夢に今もうなされ続けるフランスの闇

2019年11月27日(水)16時20分

火災が起きた頃、筆者のフェイスブックにはある記事が出回ってきた。それは「昨年の2018年、フランスでは1063件のカトリック教会で、火事などの反教会的な行為があった」というものだ。

2019年4月15日のノートルダムの火災の前に、まるで予兆にも見えるような火災が、パリ左岸のサン・シュルピス教会でも起きている。こちらは公式に「放火」と認定されている。ただ火元はホームレスの荷物が置いてある場所だった。そのために、ホームレス間のいざこざという説もある。この頃から「反教会的行為」については話題になり始めていた。

「反カトリック的な行為」をするのは誰か。2013年から18年の5年間で、フランスでは28のテロが起こった(成功・失敗の両方。未遂は含まず)。そのうち19で、犯人はイスラム過激派に忠誠を表明している。このような状況で、誰もが一度は疑いをもったに違いない。

当初から「ノートルダムの火災は放火だ」という声は根強かった。ただし「放火ではないか」と騒ぐのと、「犯人はイスラム教徒ではないか」と口に出して言うのには、天と地ほどの差がある。

フランスでは人種差別的発言は法律で禁じられている。証拠もないのに「イスラム教徒のせいだ」ということは、極右かネオナチの発言であり、逮捕されてもおかしくない行為である(差別的な言葉に関する感覚は日本のほうが遥かにゆるく、日本を見ていると「フランスでこのような発言をしたら、逮捕されるな」と思うことが多い)。

極右やネオナチ支持者のネット上の発言や、本当に親しい者だけしかいない家の中は別として、筆者が知る範囲では、公の場面でこのようなことを言うのは、一度も見たことも聞いたこともない。

再燃するネットの情報

このモスクへのテロを受けて、ネット上にはノートルダムの火災時に出回った画像が、再び出回ることになった。

火災時には、テレビの中継の画面から「あそこに人がいる!」「あれが放火犯だ!」という情報が出回った。

まず、屋根に人間がいる、というものだ。大聖堂の屋根には、ゴシック建築の特徴である、彫像や尖塔型の飾りがたくさんある。ある一つについて、これはAFP通信が、「あれは人間ではなくて○○像である」とツイッターで報じたが、その後「○○像ではなくて△△像だった」と訂正ツイッターを出している。このような曖昧さがさらなる誤解を招く結果になった。

そして、最も有名なのは、火事のさなか、外から見える大聖堂の中を、黄色いベストを着て歩く男の映像である。

画面の男性は、一般人や道路工事の人が着るような普通の黄色いベストを着ているように見える。そう、あの「黄色いベスト運動」で一般の人が着ていたような、どこでも安価で手に入るものである。

プロフィール

今井佐緒里

フランス・パリ在住。個人ページは「欧州とEU そしてこの世界のものがたり」異文明の出会い、平等と自由、グローバル化と日本の国際化がテーマ。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使インタビュー記事も担当(〜18年)。ヤフーオーサー・個人・エキスパート(2017〜2025年3月)。編著『ニッポンの評判 世界17カ国レポート』新潮社、欧州の章編著『世界で広がる脱原発』宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省庁の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米「夏のブラックフライデー」、オンライン売上高が3

ワールド

オーストラリア、いかなる紛争にも事前に軍派遣の約束

ワールド

イラン外相、IAEAとの協力に前向き 査察には慎重

ワールド

金総書記がロシア外相と会談、ウクライナ紛争巡り全面
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 3
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打って出たときの顛末
  • 4
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 5
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    主人公の女性サムライをKōki,が熱演!ハリウッド映画…
  • 8
    【クイズ】未踏峰(誰も登ったことがない山)の中で…
  • 9
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 10
    『イカゲーム』の次はコレ...「デスゲーム」好き必見…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 7
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 10
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story