コラム

ウイグル弾圧の影がちらつく中国の「ワクチン外交」

2021年02月06日(土)14時00分

習はワクチン外交でエルドアンを籠絡するか(2019年、北京) ROMAN PILIPEYーPOOLーREUTERS

<ワクチンという新たな外交上の「武器」を手にした中国が、他国に圧力をかける手段としてこれを利用しない保証はない>

新型コロナウイルスのワクチン開発と製造・販売競争が過熱するなか、新興国において際立った存在感を見せている国がある。中国だ。

中国製のコロナワクチンは欧米では承認申請もされていないが、中国政府は中東やアフリカ、東南アジアなどで活発な「ワクチン外交」を展開。王毅(ワン・イー)外相は友好国に協力したいと述べ、フィリピンにはワクチン50万回分の寄付を申し出た。アラブ首長国連邦やインドネシア、ブラジルなどでは既に中国製ワクチンの接種が開始されている。

このワクチンの特徴は不活化ワクチンであることと、セ氏2~8度の冷蔵で保存可能であることだ。95%という高い有効性が確認されたファイザー社製ワクチンがセ氏マイナス70度以下で保存しなければならないことと比較すると、インフラの脆弱な新興国が中国製ワクチンを選択する大きな理由となる。ただ1月にはブラジルの治験で有効率50.4%という結果が出た。

中国製ワクチンを選択した国の1つがトルコだ。ところがトルコは昨年12月11日から接種を開始すると発表していたものの、ワクチン出荷は数回遅れ、12月30日にようやく第1陣が到着。接種が開始されたのは1月14日だった。

亡命ウイグル人の最大の拠点の1つ

トルコの野党・共和人民党(CHP)は、中国がワクチン出荷を遅らせたのは両国間の容疑者身柄引き渡し協定批准の圧力をかけるためではないかと批判した。同協定は2017年に両国首脳によって署名され、中国側は昨年末にこれを全国人民代表大会で批准した。一方トルコ議会はまだだ。

CHPが問題にしているのは、トルコ国内に数万人いるとされる亡命ウイグル人だ。ウイグル人はトルコ人と民族的、言語的、宗教的な結び付きがあり、トルコは亡命ウイグル人の世界最大の拠点の1つとなっている。

中国当局は、100万人ともいわれるウイグル人を収容所で「再教育」したり避妊を強制するなどの人権侵害が疑われている。トルコが同協定を批准すれば、在トルコ亡命ウイグル人が中国に強制送還される恐れがあるというのがCHPの主張だ。

NGO「中国人権守護者(CHRD)」は、中国は特定人物の引き渡しを要求するため「非常に曖昧で広範に定義された国家安全保障上の罪」を利用することができると警告。「世界ウイグル会議」も「同協定が(ウイグル人)迫害の道具となるのを防ぐようトルコ政府に要請する」と述べた。

プロフィール

飯山 陽

(いいやま・あかり)イスラム思想研究者。麗澤大学客員教授。東京大学大学院人文社会系研究科単位取得退学。博士(東京大学)。主著に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『中東問題再考』(扶桑社BOOKS新書)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

カナダ、気候変動規則を緩和 石油・ガス業界の排出上

ビジネス

都区部コアCPI、11月は+2.8%で横ばい 生鮮

ワールド

ペルー裁判所、カスティジョ元大統領に11年余の禁錮

ビジネス

アシックス、プーマ買収に関心との報道に「そのような
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果のある「食べ物」はどれ?
  • 4
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 5
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 6
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 7
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「攻めの一着すぎ?」 国歌パフォーマンスの「強めコ…
  • 10
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 5
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 6
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 7
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 10
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story