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ウクライナとヨーロッパの衰退──理念と現実の間で
戦争の長期化はヨーロッパの亀裂を広げ、消耗させる
筆者はウクライナとロシアの戦争は早期に解決した方がよいと思うが、ロシアに有利な条件での解決はすべきではないと考えている。同様な立場を取る人は多いと思うが、ここにはひとつ大きな問題がある。
時間はウクライナおよび支援国、特にヨーロッパにマイナスに働く。前掲のように世界が直面する気候変動、食糧問題、エネルギー問題および移民問題はヨーロッパへの負担を大きくするし、負担をしなければ理念の放棄になる。また、負担をしたとしてもそれを配分することはEU内の不協和音を拡大する。配分しなければイタリアなど特定の国だけが犠牲を強いられることになり、これもまた亀裂を広げる。
現在の移民協定案が民主主義的理念とそぐわない側面があることが象徴しているように、現実との妥協は民主主義を信奉する人々とそうではない人々の双方に不満をもたらし、後者の増加はポピュリストの台頭を許すことになる。
その矛盾を利用するのがロシアの情報戦、認知戦だ。主として西側以外あるいはグローバルサウスの国々で影響力を広げている。日本にいると海外の情報は欧米特にアメリカのメディアがテーマと視点を設定したものがほとんどだ。日本で言う国際世論とはアメリカおよび一部のヨーロッパメディアに形作られるといってもよいだろう。世界の人口の半数を占めるグローバルサウスの国々の世論は日本人には届きにくい。
グローバルサウスの国々には中露を始めとする各国が積極的にナラティブを拡散し、日本で見えるのとは異なる世界が形作られている。たとえば2023年8月に行われたG20サミットの半年前からロシアはラテンアメリカに対して、世界経済の脱ドル化とBRICS拡大による多極的世界秩序という2つのナラティブを拡散していたことが大西洋評議会デジタル・フォレンジック。リサーチ・ラボの調査で明らかになっている。
気候変動、食糧問題、エネルギー問題、移民問題などはヨーロッパを始めとする民主主義国がこれから向き合って行かなければいけない問題だが、今のところ民主主義の理念を劣化させた妥協案か、民主主義的価値を毀損するような結束の拡大と誇示(権威主義的傾向のある国を陣営に加える)くらいしか見当たらない。そのためずるずると権威主義化することが予想される。
日本も他人事ではない
ヨーロッパが直面している問題は日本にもある。日本はウクライナ支援国であり、中国が台湾に侵攻あるいは併合した際の最前線の当事国になる。日本はウクライナ戦争におけるポーランドに近い立場に立たされるのだ。大量の避難民を受け入れ、兵站の拠点となり、間接的な攻撃対象となる。
日本へのサイバー空間での攻撃は増加している。ほとんどの国ではサイバー攻撃と情報戦は同じ部隊あるいはひとつのサイバーオペレーションで連携して行われる。近年のサイバー攻撃の増加、偽情報などの増加が日本がすでにサイバー空間での争いの当事者であることを示している。
対外的な攻撃では「どちらかの意見に賛成させる」ことと、「誹謗中傷」がセットで行われることが特に多いことが、10年間のネットでの影響力工作を調査したプリンストン大学ESOCの調査でわかっている。日本で観測された「汚染水放出」に関するナラティブもこうしたパターンに当てはまっている。一定数の人が同調しやすく、物議をかもしやすいこうした話題をターゲットにすることは分断を生みやすく、理にかなっている。多くの国がそうであるように、日本でも歴史認識について意見の異なる話題は多く、影響工作のテーマに事欠かない。
ロシアの対外的な攻撃ではプロパガンダ・メディアがよく活用される。スプートニクはロシアのプロパガンダ・メディアとして有名だが、日本ではその日本語版の内容を信じて拡散している人も散見されるので効果が期待できる。
日本で国家としての偽情報、情報戦、認知戦への対策が叫ばれるようになって数年経つが、いまだにリーダーシップをとって対策を進める態勢はできていない。民主主義国陣営である日本も同様の困難に直面しているが、別な見方をすれば、日本がこの状況を打開できる方策を打ち出すことができれば民主主義陣営のリーダーシップを取ることができる可能性もある。
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