コラム

台湾併合をみすえて暗躍する中国国家安全部

2023年06月13日(火)14時07分

さらに特筆すべきは中国を代表する民間企業や大学などがMSSの活動に協力している点である。たとえば、中国を代表するIT企業であるアリババとバイドゥがMSSのために大量のデータを分析していたことがわかっている。中国の法制度はMSSを中心に平時におけるサイバー活動を展開する体制に移行しており、MSSは民間企業や大学あるいは政府の他部署に協力を要請できる権限を持っている。

前掲のMSS配下のAPTの一部は、中国の民間企業が運用していることがわかっている。2011年から2016年にかけてSiemens AG社、Moody's Analytics社、Trimble社から企業秘密を盗んだAPT3は中国企業Guangzhou Boyu Information Technology Company (广州博誉进出口贸易有限公司、別名:Boyusec)によるものだった。2006年から2018年の間にマネージドサービスプロバイダー(MSP)と45社以上のテクノロジー企業から企業秘密を盗んだAPT10はTianjin Huaying Haitai Science and Technology Development Company(天津华盈海泰科技发展有限公司)2人の従業員が関与していた。

サイバー民兵組織を有している民間企業もあり、たとえばQihoo 360 Technology Corporation(奇虎360)は、北京に一つ以上のサイバー民兵部隊を持ち、地域のネットワークセキュリティの監視、トレーニング、攻撃的・防御的ネットワーク操作に関する調査研究を行っている。また、中国の軍民が参加するサイバーセキュリティイノベーションセンター(奇虎360が青島に建設したスマートシティ・コンプレックスの中にある)の日常的な運用も担当している。

ビッグデータを武器化するChengdu 404(成都404)

中国のサイバーセキュリティ企業Chengdu 404(成都404)はAPT41(前述の日本もターゲットにしれいたグループ)を運用しているとされている。中心人物のひとりTan Dailin(谭戴林、WickedRose)は20代で愛国ハッカーとして活動していた時、成都軍区技術偵察局にスカウトされ、中国当局と密接な関係を持つようになり、アメリカを中心とした大規模なハッキングキャンペーンTitan Rainにも参加した。Anvisoftというアンチウイルスソフトを提供していたこともある。このソフトにはひそかにパスワードなどを盗み出す仕組みがあったことがわかっている。Tan Dailinは現在も活動を続けているが、アメリカ当局から訴追されている。

ichida20230613c.jpg

Chengdu 404が開発したSonarXはSNSなどのオープンソースデータおよび彼らが盗み出した莫大な情報を元にしたシステムであり、サイバー攻撃と連動する個人の特定などに利用している。たとえば前述の2021年3月にマイクロソフト社Exchangeサーバー利用者に対して行われた大規模な攻撃に際して、攻撃先を特定するためLinkedinからスクレイピングした個人データを利用してExchangeサーバーの管理者を特定したと指摘されている。

また、香港の⺠主化運動や独立運動に関連する個人の特定や新疆ウイグル自治区に関する記事を掲載したアメリカのメディアに関する情報収集も行っていた。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米高官、中国レアアース規制を批判 信頼できない供給

ビジネス

AI増強へ400億ドルで企業買収、エヌビディア参画

ワールド

米韓通商協議「最終段階」、10日以内に発表の見通し

ビジネス

日銀が適切な政策進めれば、円はふさわしい水準に=米
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 2
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道されない、被害の状況と実態
  • 3
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に共通する特徴、絶対にしない「15の法則」とは?
  • 4
    「欧州最大の企業」がデンマークで生まれたワケ...奇…
  • 5
    イーロン・マスク、新構想「Macrohard」でマイクロソ…
  • 6
    【クイズ】アメリカで最も「死亡者」が多く、「給与…
  • 7
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 8
    「中国に待ち伏せされた!」レアアース規制にトラン…
  • 9
    筋肉が目覚める「6つの動作」とは?...スピードを制…
  • 10
    【クイズ】サッカー男子日本代表...FIFAランキングの…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 7
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 8
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 9
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 10
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story