コラム

台湾併合をみすえて暗躍する中国国家安全部

2023年06月13日(火)14時07分

2部隊に集約された中国のサイバー部隊

中国のサイバー攻撃能力向上の背景には組織編成および法制度の整備がある。中国ではこの10年の間に、サイバー攻撃能力を戦略支援部隊(SSF:Strategic Support Force)と国家安全部(MSS:Ministry of State Security)のふたつに集約してきた。もちろん、他にもサイバー関連や攻撃能力を持つ部隊も存在するが、そのほとんどとSSFとMSSは連携することができる。

SSFとMSSの違いは、戦時と平時の違いあるいは軍事と経済といった違いである。SSFは戦闘時あるいは軍に関連することを中心に活動する。MSSは平時および戦闘開始当初と終了前後の活動が中心となる。よく話題になる知財窃取や個人情報の収集、スパイ活動の多くはMSSの役割である。たとえば中国の旅客機COMAC C919の開発にあたって、MSS配下のAPT26が窃取した情報が重要な役割を果たしたことが前掲報告書で指摘されている。図のようにさまざまなパーツに関する技術情報が各国から収集され、C919の開発に利用された。

ichida20230613b.jpg

現在、日本やアメリカは中国と戦争していないので日本やアメリカの官公庁や企業(特に一般企業)などにサイバー攻撃を仕掛けてきているのは主としてMSSということになる。

MSSは正体を隠すために、さまざまな民間企業やハッキンググループを使うことが多いことでも知られている。近年のサイバー攻撃はAPT(Advanced Persistent Threats)が多く、APT攻撃を実施しているグループの多くは国家支援のものと言われている。たとえばAPT41、APT40、APT30、APT31、APT27、APT26、APT25、APT24、APT23、APT22、APT21、APT20、APT19、APT18、APT17、APT16、APT15、APT14、APT12、APT10、APT9、APT8、APT7、APT6、APT5、APT4、APT3、APT2、APT1、HAFNIUM、Naikon Team、Tonto Team、RedFoxtro、RedEcho、RedAlphaといったAPTグループが中国由来とされている。このうち、MSS配下と考えられているのは、APT41、APT40、APT31、APT27、APT26、APT20、APT17、APT15、APT10、APT3、HAFNIUM、RedAlphaなどである。

この中にはAPT10やAPT41など日本をターゲットにしているグループも存在する。APT41は、2000年代半ばから活動しており、CiscoやD-Linkのルーター、CitrixやPulseVPNアプライアンスなど、日本でもよく使われている製品の脆弱性を狙った攻撃が行われている。対象となった国は、オーストラリ ア、カナダ、デンマーク、フィンランド、フランス、インド、イタリア、日本などだった。

MSSのサイバー攻撃の特徴のひとつは、通信インフラへの侵入であり、そこから企業などの特定のターゲットへの侵入を図る。たとえば、APT41は、ネットワーク事業者のショートメッセージサービスセンター(SMSC)サーバやマネージドサービスプロバイダ(MSP)、クラウドサービス、VPNプロバイダを攻撃し、そこからその利用者をさらに攻撃する。APT41が2018年に行った攻撃では、台湾のコンピュータメーカーASUSのライブアップデートユーティリティを利用して、5万台以上のシステムに悪意のあるマルウェアをインストールした。ターゲットが信頼できると考えている事業者を経由して攻撃しているのだ。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米テキサス州洪水の死者32人に、子ども14人犠牲 

ビジネス

アングル:プラダ「炎上」が商機に、インドの伝統的サ

ワールド

イスラエル、カタールに代表団派遣へ ハマスの停戦条

ワールド

EU産ブランデー関税、34社が回避へ 友好的協議で
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚人コーチ」が説く、正しい筋肉の鍛え方とは?【スクワット編】
  • 4
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 5
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 6
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 7
    「詐欺だ」「環境への配慮に欠ける」メーガン妃ブラ…
  • 8
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 9
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 10
    「登頂しない登山」の3つの魅力──この夏、静かな山道…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 5
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 6
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 7
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 8
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 9
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story