コラム

陰謀論とロシアの世論操作を育てた欧米民主主義国の格差

2023年05月10日(水)15時50分

現在、格差の下位にいる人々がまとまって影響力を行使することは難しい。彼らは多様であり、まとまるためのイデオロギーもない。共通しているのは富裕層=エスタブリッシュメントへの反発である。また、共感弱者(男性、白人など)は共感強者(LGBT、移民など)に反感を持つ傾向がある。共感弱者とはさきほどの共感格差の下位にいる人々でメディアで取り上げられることが少なく、共感を得にくい。共感強者とはメディアに取り上げられ、結果として政治の場でも取り上げられやすい。

エスタブリッシュメントの政治や文化から疎外された人々の一部(無視できない規模になりつつある)は陰謀論、白人至上主義などに傾倒するようになった。コロナ禍において、その傾向は強まった。

2021年から国家の現状変更の手段としてクーデターなど武力によるものが増加した。それまでは選挙によって選ばれた政治家が独裁的になっていたが、近年は武力行使が多い。陰謀論者や白人至上主義者なども武装化を進めている。

陰謀論者、白人至上主義者などは、エスタブリッシュメントに反発や憎しみをいだいている格差低位の人々から多くのアクセスを得られるため、SNSプラットフォームはこれらを優遇し、広告収入を与えることで影響力を拡大させた。フェイスブックペーパーでその実態が暴かれ、コロナ禍では陰謀論者などのサイトが潤った。ロシアや中国はこれらの発信を拡散することでさらに拡大させた。このへんについては、過去の記事で書いたのでご参照いただきたい。

今後、気候変動など世界全体の問題でも格差底辺の人々は無視され、過度な負担を押しつけられる可能性が高い。たとえば二酸化炭素排出量を個人に配分すると、格差底辺の人々はすでに目標を達成していることが多い。しかし、こうしたことは税率に反映されない。

経済環境が悪化しているため、こうした人々の境遇は悪化しており、より強い反発をいだくようになっている可能性がある。

現在の欧米の民主主義国はガソリンをまいた状態

高水準の資産の偏りと、それが政治的選択によってもたらされたことなどから、欧米の民主主義国における分断は危険な状態まで高まっている。言わば現在の欧米の民主主義国はガソリンをまいた状態になっている。小さな火花で燃え上がる。一気に世界に燃え広がることはないが、散発的に欧米の民主主義国各国で過激なデモ、暴動など起き、社会は不安定になる。選挙が騒動のきっかけになることも増える。ネットを利用した世論操作はガソリンに火をつける安全で効果的な方法であり、相手国の陰謀論や白人至上主義グループを焚きつければよいので関与も疑われにくい。

問題は防御側で、いくらデジタル影響工作や偽情報などにフォーカスした対策をしても効果はうすい。ファクトチェック、情報リテラシー向上に効果がないことはよく知られているが、「情報弱者に正しい知識や考え方を授ける」というように見えてしまうことも問題だろう。また、SNSプラットフォームの対策も、そもそも彼は問題を悪化させた当時者だし、利益に反する行動を取りにくい以上、制度や法律の強制の範囲(それもすり抜ける可能性が高いが)とPR効果のあることしか期待できない(実効性の乏しいファクトチェックや情報リテラシー向上への支援など)。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

英生産者物価、従来想定より大幅上昇か 統計局が数字

ワールド

トランプ氏、カナダに35%関税 他の大半の国は「一

ワールド

対ロ軍事支援行った企業、ウクライナ復興から排除すべ

ワールド

米新学期商戦、今年の支出は減少か 関税などで予算圧
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 3
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 6
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 7
    アメリカの保守派はどうして温暖化理論を信じないの…
  • 8
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 9
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 10
    ハメネイの側近がトランプ「暗殺」の脅迫?「別荘で…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story