コラム

陰謀論とロシアの世論操作を育てた欧米民主主義国の格差

2023年05月10日(水)15時50分

問題はガソリンがまかれている状況=格差が放置されている状況なのだから、格差を是正するか、徹底的に低所得層を抑圧して活動を制限するしかない。現時点でもっとも効果的なのは後者、つまり徹底した抑圧を実現するための統合社会管理システムになる。中国やインドが推し進めている監視、行動誘導、国民管理を一体化したシステムである。古い言葉で言えば高度監視社会であり最近の言葉で言えばスマートシティだ。中国はすでにこのシステムを他国に販売している。

ichida230509f.jpg

出典:『ネット世論操作とデジタル影響工作』(一田和樹、齋藤孝道、藤村厚夫、藤代裕之、笹原和俊、佐々木孝博、川口貴久、岩井博樹、2023年3月14日、原書房)

現在、欧米は世論操作に限らず、多くの問題をロシアと中国あるいは権威主義国がもたらしたものみなし、民主主義国の結束を呼びかけている。呼びかけているアメリカは格差大国であり、重要な同盟国とみなされているインドもそうだ。格差の是正は国家元首の国内の支持基盤の反発を呼ぶリスクがあるため、容易にとれる選択肢ではない。格差がアメリカやインドほどひどくないヨーロッパですら、各国でデモや事件が発生している。

格差を是正するよりは、格差を不可視のままにして、中露の世論操作への対策を口実に中国やインドのような統合社会管理システムを構築し、徹底した抑止を行う方がよい。

早期にシステムを作れば多くの国に販売・運用代行することも可能であり、産業振興にもつながる。アメリカ、特にSNSプラットフォーム企業は意図的にそうしている可能性が高い。

今のところヨーロッパはこのやり方には否定的に見えるが、格差が是正されない限り遠からず対策の抜本的な見直しを迫られることになるだろう。

近年、ネットを介した世論操作や情報戦に注目が集まっていることはよいことだが、その一方で根本的な問題から目を背け続けているのは危険だ。

日本の特殊性

日本にも格差は存在し、その水準はやはり高い。しかし、欧米の民主主義国とは異なる展開を見せている。日本の格差拡大は貧困化の進展と、政府の制度が不十分な点が特徴となっている。グラフを見るとわかるように、他国に比べて日本では貧困化が進んでおり、さらに政府による再配分がないため再配分後も高いままである。アメリカや韓国も政府による再配分がないため再配分後、他国に比べて高い水準となっている。

ichida230509e.jpg

出典:「日本は「格差社会」になったのか ― 比較経済史にみる日本の所得格差―」(森口千晶、経済研究 Vol.68,No.2,2017年4月)

政治に関しては、左派政党の支持者から低所得が減ったのは欧米と同じだが、政権党である自民党の支持者が高所得者に偏っているわけではない。グラフの黄色は富裕層、黄色は持ち家で上位層といって層は。赤色は賃金労働者、青色は組合員。欧米の民主主義国が下位層を不可視化(主要政党の支持層が上位層に変化)していったのに対して、日本では政党の支持率は脱政治化しているようだ。

ichida230509g.jpg

Political Cleavages and the Representation of Social Inequalities in Japan 1953-2017、Amory Gethin、2021年3月、https://wid.world/news-article/political-cleavages-and-social-inequalities-in-japan/

日本の場合は、前述の共感格差が分断と混乱の大きな要因になる可能性がある。欧米でも共感格差は存在するが、日本の場合は他の要因よりも反応が過敏のように感じられる。検証のためのさらなる研究が必要だ。世論操作への対抗策も欧米とは異なるものが必要である。

情報戦への対処が安全保障上の要請である以上、対抗策としての格差への対処もまた安全保障上の課題だ。民主主義国である以上、格差は安全保障上の弱点につながる。この基本的な認識が失われていることがネットからの世論操作の格好のターゲットとなっている。


プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ベネズエラ原油、米に無期限供給へ 制裁も緩和か=報

ワールド

米、ロシア船籍タンカー拿捕 ベネズエラ原油「封鎖」

ワールド

米、ベネズエラ産原油の供給再開模索 トランプ氏9日

ビジネス

米ADP民間雇用、12月は4.1万人増 予想下回る
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AI兵士の新しい戦争
特集:AI兵士の新しい戦争
2026年1月13日号(1/ 6発売)

ヒューマノイド・ロボット「ファントムMK1」がアメリカの戦場と戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 3
    「グリーンランドにはロシアと中国の船がうじゃうじゃいる」──トランプの介入口実にデンマーク反発
  • 4
    日本も他人事じゃない? デジタル先進国デンマークが…
  • 5
    マドゥロ拘束作戦で暗躍した偵察機「RQ-170」...米空…
  • 6
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 7
    トランプがベネズエラで大幅に書き換えた「モンロー…
  • 8
    トイレの外に「覗き魔」がいる...娘の訴えに家を飛び…
  • 9
    衛星画像で見る「消し炭」の軍事施設...ベネズエラで…
  • 10
    「悪夢だ...」バリ島のホテルのトイレで「まさかの事…
  • 1
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチン、その先は袋小路か
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 3
    中国軍の挑発に口を閉ざす韓国軍の危うい実態 「沈黙」は抑止かそれとも無能?
  • 4
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 5
    眠る筋力を覚醒させる技術「ブレーシング」とは?...…
  • 6
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 7
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 8
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 9
    アメリカ、中国に台湾圧力停止を求める
  • 10
    感じのいい人が「寒いですね」にチョイ足ししている…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 6
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 7
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story