コラム

ロシアが情報戦で負けたという誤解

2022年07月06日(水)17時20分

では、なぜ、我々は国際世論がロシアを非難していると考えたのだろうか? 答えは簡単で、大手メディアや専門家、著名人がそう言ったからである。信頼でき、主流派であると誤認しやすい形で同じような情報が入ってくれば、それを信じてしまうのは当然だ。

日本に住む我々にとっての国際世論とは、欧米を中心とした先進国集団=グローバルノース(欧米プラス日本、韓国)のメディア(主としてアメリカ)と専門家、著名人によって作られるものなのだ。国際的メディアと聞いてすぐに思い浮かぶのは、ニューヨーク・タイムズやワシントンポスト、CNN、BBCあたりだろう。これらはすべて欧米であり、ほとんどがアメリカのものだ。

よく目にする信頼のおけそうな専門家や著名人もほとんどもグローバルノース、それもアメリカ人が圧倒的に多い。そのため、我々は常にグローバルノースという多数派ではないグループの視点で世界を見ていることになる。グローバルサウスの状況がグローバルノースとは異なっていることは4月の段階で、Centre for the Analysis of Social Media at the Demos のカール・ミラーが指摘している。

同じことは新疆ウイグル問題や香港の問題でも起きた。グローバルノースのメディアの多くは、中国を批判する国が多数であるかのように報じたが、そうではなかった。

「ロシアが情報戦で負けた」というのは、グローバルノースから見た世界の中では正しいかもしれないが、世界全体を見た場合はそうではない。少なくとも「負けた」と断言するのは早そうだ。情報戦やサイバー戦は「目に見えない戦い」であり、実態がわかるまでは時間がかかるし、最後までわからないこともある。そのため侵攻から1カ月も経たないうちの「勝利宣言」は短慮のそしりを免れない。実は私自身も3月頃、ロシアは負けたと言っていたので自省の念を込めてそう考える。なので今でも評価は流動的で確定していないと考えた方がよいだろう。

余談であるが、次の図のように世界の人口は欧米以外の地域が長らく多数を占めていた。欧米以外の地域が独立国となった現在、いまだに欧米が国際世論あるいは国際秩序を主導していること自体に無理があるのかもしれない。

ichida20220706d.jpg


グローバルノースにも広がっていた親ロシア派

我々に見えていなかったのはグローバルサウスだけではなかった。もっと身近に見えない世界があったのである。それは言わば反主流派、反ワクチン、陰謀論、白人至上主義といったグループがロシアを支持していた。ロシアはコロナ禍において、バイオラボ陰謀論や反ワクチンなどの情報をばらまき、これらのグループからの支持を受け、浸透していった。

その結果、ウクライナ侵攻と同時に、これらのグループが親ロシア、反ウクライナの発言をし始める事態となった。もちろん。こうしたグループの主張が国際世論を形成する大手メディアで肯定的に取り上げられることはないし、まともに取り合う国際的専門家や著名人もほとんどいない。だから我々には見えていなかった。
陰謀論で有名なQAnonは以前からロシアが流布する、「コロナはアメリカの陰謀」という説を支持しており、今回のウクライナ侵攻によってロシアがウクライナ国内のバイオラボを破壊したと主張している。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏「ウクライナはモスクワ攻撃すべきでない」

ワールド

米、インドネシアに19%関税 米国製品は無関税=ト

ビジネス

米6月CPI、前年比+2.7%に加速 FRBは9月

ビジネス

アップル、レアアース磁石購入でMPマテリアルズと契
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パスタの食べ方」に批判殺到、SNSで動画が大炎上
  • 2
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機…
  • 5
    「このお菓子、子どもに本当に大丈夫?」──食品添加…
  • 6
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中…
  • 7
    約3万人のオーディションで抜擢...ドラマ版『ハリー…
  • 8
    「オーバーツーリズムは存在しない」──星野リゾート…
  • 9
    「巨大なヘラジカ」が車と衝突し死亡、側溝に「遺さ…
  • 10
    歴史的転換?ドイツはもうイスラエルのジェノサイド…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 5
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 9
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story