コラム

コロナ禍でも威力を発揮したロシアのデジタル監視システム 輸出で影響力増大

2020年08月14日(金)17時00分

ロシアの監視システム

SORM(System of Operative-Search Measure もしくは System for Operative Investigative Activities)はロシアの包括的な通信傍受システムで、ロシア版のPRISM(アメリカ国家安全保障局の大規模傍受システム)である。アメリカ国家安全保障局(NSA)の大規模傍受システムPRISMになぞらえて、ロシアのPRISMと呼ばれることもある。

SORM-1(1995年、通信事業者に監視のための機器を設置させ、電話とメール、ウェブ閲覧を監視)、SORM-2(1998年クレジットカード情報、2014年SNSも対象となる)、SORM-3(2015年インターネットプロバイダに装置を設置)と進化してきた。

ロシアでは政府による傍受を認める法制度が成立しており、ロシア連邦保安庁(FSB)はほぼ自由にこうした情報をインターネットプロバイダに設置した装置を介して取得することができるようになっている(ブルッキングス研究所、2019年8月)。インターネットプロバイダに装置を設置している以上、そこを通る情報はそのままロシア政府に把握される。

だが、SORMは暗号化された通信を自動的に復号できるわけではない。通信傍受を嫌う人々は暗号化メッセージングアプリTelegramを利用するようになった。

ロシア規制当局はTelegramへのアクセスを止めるようとさまざまな手を打った。1,800万のIPアドレスをブロックしたため、銀行、交通機関、ニュースサイトなど多数のサービスに支障をきたすという事態を招いてしまったこともある。また、SORMで携帯電話のSMSを傍受して、Telegramの本人認証のSMSを傍受して侵入を試みた形跡もある(bellingcat、2016年4月30日)。Telegramはさまざまな方法でブロックを回避し、いまでも利用されている。

Telegramと並んでTor(匿名化してネットにアクセスできる)もよく使われており、こちらもロシア政府は匿名化を破る方法を探っていた。しかし、その研究の請け負った業者がハッカーに攻撃を受けて、プロジェクトに関するデータが暴露されるという事件が起きた(BBC、2019年7月19日)。いまのところ、Torも破られていない模様だ。

ロシアでは中国のように自由主義国のSNSへのアクセスを遮断したり、包括的な検閲を行ったりはしていない(主としてコストがかかるため)。中国に比べて技術や予算で劣るロシアの監視システムを支えているのは法制度である。法制度による強制や自主規制によって、SORMの効果的な運用を可能にし、ネット上で言論統制を図っている。

SORMはロシア国内用の監視システムであるが、海外への輸出も行っている。前述したデジタル権威主義ツールの輸出である。Open Technology Fund(2019年9月17日)によれば、28カ国に輸出しており、そのうちCIS諸国が7カ国を占め、それ以外の多くはグローバル・サウスである。

たとえばベラルーシはAnalytical Business Solutions社からSORM風システムを導入し、法制度もロシアのものを真似た。カザフスタンはVAS Experts社から監視装置、iTeco社から監視システム、SORM技術をMFI-Soft社とProtei社、フォレンジックツールを Speech Technology Center社、モバイルフォレンジックツールをOxygen Software社から導入した(いずれもロシア企業)。ウクライナやウズベキスタンもSORMを導入している。また、システムだけでなく、その効率的な運用のためにロシアの法制度を真似るベラルーシのような国も少なくない。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中印ブラジル「ロシアと取引継続なら大打撃」、NAT

ビジネス

NY外為市場=ドル急伸し148円台後半、4月以来の

ビジネス

米金利変更急がず、関税の影響は限定的な可能性=ボス

ワールド

トランプ氏「ウクライナはモスクワ攻撃すべきでない」
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パスタの食べ方」に批判殺到、SNSで動画が大炎上
  • 2
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機…
  • 5
    「このお菓子、子どもに本当に大丈夫?」──食品添加…
  • 6
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中…
  • 7
    約3万人のオーディションで抜擢...ドラマ版『ハリー…
  • 8
    「オーバーツーリズムは存在しない」──星野リゾート…
  • 9
    「巨大なヘラジカ」が車と衝突し死亡、側溝に「遺さ…
  • 10
    歴史的転換?ドイツはもうイスラエルのジェノサイド…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 5
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 9
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story