コラム

中国が香港の抗議活動弱体化のために行なっていたこと......サイバー攻撃からネット世論操作

2020年07月27日(月)15時30分

国連人権理事会中国支持派は批判派の約2倍

日本での報道を見ていると、世界各国が一斉に中国を批判し、制裁措置を行い、世界経済から閉め出そうとしているように見える。しかし、実態はそうではない。

香港の問題が焦点となった第44回国際連合人権理事会では中国支持派が多数(53カ国)となり、およそ半分の27カ国が中国を批判する結果となった。それぞれが声明を発表したが、多数派の声明は先進諸国ではほとんど紹介されていない(THE DIPLOMAT、2020年7月6日)。

2020年6月17日に行われた中国・アフリカ 緊急サミットでは、アフリカ諸国が中国の香港と台湾に対する立場を支持し、WHOを支援するという声明が出されている。

実現すれば世界最大の自由貿易圏となる東アジア地域包括的経済連携の中心的存在は中国であり、ASEAN参加国(Bangkok Post、2020年7月21日)はもちろんアメリカのシンクタンクであるブルッキングス研究所も2020年6月16日に中国への期待を掲載しているし、中国を批判しているオーストラリアも香港の問題がこの連携に影響することはないと発言している。

また、中国のラテンアメリカへの影響はコロナでより強くなっている(Forbes、2020年7月10日)。アジア、アフリカ、ラテンアメリカは中国の一帯一路がカバーしている。先進諸国が中国にNOを突きつけても、これらの国が中国に反旗を翻すことにはならない。むしろ中国から強い結びつきを迫られる。

日本の報道は先進諸国向けの偏りがあり、グローバル・サウスでは逆の偏りがある。我々が見ている世界はフェイクニュースと言ってもよいくらい先進諸国にとって都合のよい情報に満ちた世界である。国際連合人権理事会で多数派を握られたにもかかわらず、そこには触れずに27カ国が中国を批判する声明を出したことをばかり取り上げるのはまるで大本営発表のようだ。グローバル・サウスの情報や統計を確認しなければ全体像は把握できない。中国の一帯一路の台頭は、そうしてこなかったツケだ。

さらに中国政府にとって幸いだったのは、香港を擁護し中国を非難し具体的な行動を起こした海外諸国は必ずしも民主主義的価値観にのっとっているわけではないことだ。民主主義的価値を守るなら、もっと早く強く介入していたはずだ。香港での抗議活動と、海外からの非難と制裁が同時並行していたら、中国政府にとって事態はもう少しやっかいだったかもしれない。

中国がここまで行ってきたことを整理し、その後でそれぞれの攻撃内容を確認したい。

中国政府が香港に対して行った攻撃は主にチャートのようなものと考えられる。

ichida0727b.jpg

中国政府からの攻撃は大きく2つのフェーズに分けて考えられる。

ichida0727c.jpg

第1フェーズは、親中国工作、第2フェーズは反中国排除である。親中国工作とは、中国本土から香港への多数の移住者を送り込むこと、経済の結びつきの強化が中心となる。前者はあまりにも多数の移住者がやってくるため、それが中国本土への不信感を募らせてしまったくらいだ。後者は本土企業との取引はもちろん、一帯一路の重要な拠点と位置づけ、そのための組織も立ち上げている。

香港は貧富の差が大きい。第1フェーズでは富裕層=経済界を取り込むことは、香港財界人が反中国に回らないようにするとともに、彼らの企業で働く従業員の活動を制御させる準備になる。第1フェーズは、前の節でご紹介した影響力を維持し続けるための仕掛けだった。

第1フェーズの後に、商店主など企業の従業員、個人事業主と貧困層が攻撃対象となった。企業の従業員、個人事業主のように守るものがある人々は経済圧力(解雇、減俸、営業停止など)や法的圧力(逮捕、拘留など)、脅迫に弱い。持たざる貧困層には強制力のある法的圧力やネット暴露(主として個人情報のリークなど)、脅迫を行った。並行して、親中国派と衝突する事件も起きた。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story