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アングル:トランプ政権の反DEI政策、米国の官民に広がる影響と動揺

2025年02月06日(木)18時36分

 ディマ・ガーウィ氏は若い頃、金融とテクノロジー分野でキャリアを積んだ。写真は、ホワイトハウスの大統領執務室で大統領令に署名するトランプ米大統領。1月30日、ワシントンで撮影(2025年 ロイター/Elizabeth Frantz)

David Sherfinski

[3日 トムソン・ロイター財団] - ディマ・ガーウィ氏は若い頃、金融とテクノロジー分野でキャリアを積んだ。思い返せば、勤めてきた企業には、一定の分野で働く女性の数を増やそうとする何らかの「多様性、公平性、包摂性(DEI)」ポリシーがあったと言う。

「数年前、DEIが流行する前の話だ」とガーウィ氏は語る。現在、リーダーシップ・コーチである彼女は、自身がDEIの成功例の一つだと考えている。

「振り返れば、私が成功できたのは、以前の女性にはなかった機会を誰かが与えてくれたからだ」

米銀行大手バンク・オブ・アメリカの窓口係の面接を受けた際、採用担当者が「誰もがどこかでスタートする。誰にでもチャンスはある」と言ったことを思い出す。「その言葉が私に、能力を発揮するための扉を開いてくれた」とガーウィ氏。「彼は私のアクセントや性別、外国出身であることに偏見を持たなかった」

ガーウィ氏は、DEIはジェンダーや人種だけを理由に採用や昇進を促すものではないと語る。

「私が人々に教えているのは、自分でも気づいていない偏見に対処しようということだ」

だが、トランプ政権は連邦政府全体でDEIへの取組みを積極的に根絶しようとしており、メタ・プラットフォームズやアマゾンといった主要企業も、DEIプログラムを縮小しつつある。

この動きを強力に推進しているのはトランプ大統領自身だ。DEIへの取り組みが違法であると決めつけ、1月29日に起きたワシントン近郊の航空機衝突事故をめぐる発言では、DEI推進の取組みが連邦航空局の能力を低下させたとまで語った。

専門家らは、社会的に不利な立場に置かれてきた人々は、トランプ政権のこうした姿勢の影響を感じるようになるだろうし、官民双方のセクターにおいて、DEI関連の役職に就く人数が減るだろうと指摘する。

職場環境に関するコンサルタントを務めるエラ・ワシントン氏は、「私の仕事柄、こうした動きは心配だ」と話す。

「これまでのプロとしての仕事、学校で学んでキャリアを捧げてきた仕事がやりにくくなるだけでなく、不適切で違法とさえされる状況を想像してほしい」

<中央政界での動き>

政権復帰直後、トランプ氏は連邦政府のDEIプログラム終了を目的とする大統領令に署名。連邦政府機関にはDEI担当職員を休職扱いにするよう指示した。

またトランプ大統領は、連邦政府と契約関係にある事業者による差別行為を禁止した、1960年代以来施行されている命令を撤回した。

そして、1月29日、軍用ヘリ「ブラックホーク」と民間航空機が激突して死傷者を出した悲劇的な空中衝突事故の後、大統領はDEIを槍玉に挙げ、この事故が多様性を重視した雇用の結果である可能性があると述べた。

「航空管制官には優秀で機転の利く人材が必要だ。今後はそういう人材を確保する」とトランプ大統領は語った。事故の原因に多用性が関係するとなぜ言えるのか問われたトランプ氏は、「私には常識があるが、常識がない人も多い」と答えた。

トランプ政権は、連邦職員にDEIを別のものに偽装する同僚を通報するよう指示し、そうしない場合は「不利な結果を招く」を警告した。

こうした動きと並行して、この数週間、メタやウォルマート、マクドナルド、ターゲットなど、DEIや多様性に関する取組みを縮小する予定を発表する企業が相次いでいる。

ワシントン氏は、反DEI感情がここ数年で高まっていると指摘する。背景には2020年のジョージ・フロイド事件後の人種的正義の声とその反動がある。

ワシントン氏の周囲でも同僚の解雇や、多様性責任者の解雇や欠員補充の停止、学会では関連講座名の変更の要請が出ているという。「萎縮し始めているのは、私のような立場の者だけではない」とワシントン氏は語る。

他方、トランプ支持者や保守系団体は反DEIの動きを歓迎し、DEIこそが差別を定着させてきたと主張している。

連邦政府におけるDEI推進の取組みに反対してきた啓発団体「ウィスコンシン・インスティチュート・フォー・ロー&リバティ」で次席弁護士を務めるダン・レニントン氏は、トランプ大統領は、「『多様性、公平性、包摂性』プログラムを解体し、米国で数十年にわたって公費で支えられてきた人種差別に終止符を打とうと」しているという。

「残念ながら、DEI推進プログラムは中央政界にも国内にも深く根づいている。本当の仕事はこれからだ」

<抵抗>  

だが、経済界には、コストコ・ホールセールやデルタ航空など、反DEIの動きを拒否する企業もある。

冒頭で紹介したガーウィ氏によれば、DEI関連の価値観を引き続き推進しようとする企業のあいだでは、ひっそりとではあるが、呼称を変更して取組みを続ける動きが見られると言う。

ガーウィ氏のクライアントには実際に、DEI推進プログラムをさらに拡大し、障害者や多様な年代を対象にしていこうとしている企業がある。

「すべての企業が足を止めたわけではない」とガーウィ氏。「2020年のときのように外部に堂々したDEI推進の見解を発表するのは気が引けるかもしれない。ウェブサイトで触れたり、DEI関連の賞には応募はしない。しかし、社内的には進めているのだ」

とはいえ、ワシントン氏は最近の動向は心配だと言い、トランプ氏による大統領令の少なくとも一つは、1960年代以来行われてきた保護を撤回するものだと指摘する。

「DEI推進の実務家や研究者にとっては非常に厳しい時期だ。休職扱いにされた連邦政府職員はもちろん、産業界や学界の人にとっても」とワシントン氏。

「これは、実際には政治とまったく関わりのない人々の職業に対する、文字通りの政治攻撃だ」

(翻訳:エァクレーレン)

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