焦点:米のパリ協定再離脱、影響は前回2017年より甚大
1月21日、 トランプ米大統領が、就任して最初に行った事の一つが、気候変動対策の国際枠組み「パリ協定」から再離脱する大統領令への署名だった。写真は20日、ホワイトハウスで大統領令に署名するトランプ氏(2025年 ロイター/Carlos Barria)
Kate Abnett Virginia Furness
[ブリュッセル/ロンドン 21日 ロイター] - トランプ米大統領が、就任して最初に行った事の一つが、気候変動対策の国際枠組み「パリ協定」から再離脱する大統領令への署名だった。米国の離脱で地球温暖化のリスクが高まるほか、米国からの環境対応資金の提供が減り、欧米間で環境規則にずれが生じて投資の上で不都合が生じるといった事態が懸念されており、再離脱による国内外での影響は2017年の初回よりも大きくなりそうだ。
今回の離脱は1年以内に発効し、前回離脱した際の3年半よりも発効までの期間は短くなる。17年の米国による離脱発表以降、気候変動はさらに深刻化した。昨年は史上最も暑い年となり、世界平均気温は産業革命前の水準と比べて1.5度以上も上昇。パリ協定で目標とされる「1.5度」水準を単年で初めて超えた。
オスロ大学法学教授のクリスティーナ・ヴォイト氏は「1.5度を超える可能性が非常に高まっている。当然、気候変動問題はより大掛かりな対策が不可欠になっている」と話す。
<パリ協定の目標>
気候は数十年にわたるデータを基に測定されている。足元で世界の平均気温は産業革命前を1.3度上回っており、今世紀末までに少なくともこれがプラス2.7度に高まると予想されている。危険な水準だが、それでも2015年のパリ協定合意前に予測されていたプラス4度よりは低い。
パリ協定は目標への取り組みが各国に任されている。トランプ氏は米国の国としての二酸化炭素(CO2)排出削減計画を廃止し、バイデン政権時代に導入されたCO2削減プロジェクトに対する税控除も撤回する可能性がある。
そうなれば「パリ協定の目標達成はさらに危うくなる」と、コロンビア大学法科大学院のマイケル・ジェラード教授は指摘。2015年のパリ協定の交渉に加わった元フランス気候交渉担当のポール・ワトキンソン氏は「もちろん他の国も影響を受ける。主要なプレーヤーの1人が離脱したら、なぜ他の国がその後始末を続けなければならないのか、ということだ」と話す。
米国ではいくつかの州が気候対策を継続する意向を表明している。また、トランプ氏の第1期目には政治ではなく経済的な要因がクリーンエネルギーの拡大を後押しした。政府データからは、2020年に共和党の地盤であるテキサス州が国内の太陽光発電および風力発電の記録的な拡大を主導したことが読み取れる。
しかしトランプ氏はこうした動きが再び起きるのを防ごうとしており、20日には洋上風力発電向けの連邦政府管理地の貸与を停止するとともに、バイデン政権が導入した電気自動車(EV)普及目標を撤回した。
<気候対策資金の減少>
トランプ氏はパリ協定離脱の一環として、国連気候関連会議で約束した米国の気候関連の全資金提供を即座に停止するよう命じた。これにより気候変動対策への支援を受けていた貧困国は米国からの資金支援を失う。2024年の米政府による貧困国へのこうした支援は過去最高の110億ドルに上っていた。
経済協力開発機構(OECD)がまとめた最新データ(2022年)によると、先進国の途上国向け気候対策支援は計1160億ドル。
非営利団体「気候政策イニシアティブ」によると、米国の国内外向け公共および民間の気候関連支出総額は2021―22年に年1750億ドルに急増した。22年に制定されたバイデン政権の「インフレ抑制法(IRA)」による大規模な支援が大きく寄与している。
また、米国は国連気候変動枠組条約(UNFCCC)事務局の中核的な予算の約21%を負担しており、その離脱が事務局に財政不足をもたらす恐れがある。
<失われた機会>
アマゾン・ドット・コムやメタが支援する非営利団体「ウイ・ミーン・ビジネス・コアリション」は、トランプ氏の政策で米国のビジネス環境が混乱し、グリーン投資が他国へ流れる可能性があると指摘。「離脱によって他の主要経済国に投資や人材が流れるようになるかもしれない」と警告した。
これに対して投資家3人はロイターの取材に、米国を含めてグリーンエネルギーへの移行は否応なく進むとの見方を示した。
パリ協定からの離脱の影響の一つとして、米企業が国連支援のカーボン市場でクレジットを販売する機会を失うことが挙げられる。この市場の規模は2030年までに100億ドル以上に達すると、金融情報提供会社MSCIは推定している。
米企業は余剰クレジットを売却して利益を得ることはできなくなるが、クレジットを購入することは可能だ。例えば、米航空会社は国連の定めた航空業界の排出目標を達成するためにカーボンクレジットを購入できると、カーボンクレジット市場の基準を設定する団体「ゴールド・スタンダード」の技術責任者であるオーウェン・ヒューレット氏は指摘している。
一方、パリ協定からの撤退は、米国の気候政策の後退と、欧州の目標達成圧力の間で揺れる銀行や資産運用業者にとって頭の痛い問題になる。
非営利団体「カーボン・トラッカー・イニシアティブ」の創設者マーク・カンパネール氏は「欧州の顧客を持つ米資産運用業者は、まるで二つの顔を持つローマ神ヤヌスのように振る舞う必要があるだろう。米国の政治家を満足させるために欧州の顧客を失うリスクを取るだろうか。そんなことはしないだろう」と述べた。
すでに米国の銀行は、共和党からの批判を受けて業界の気候連合から離脱しているが、それによってより厳しい欧州の持続可能性報告規則の順守義務が免除されるわけではない。
カンパネール氏によると、世界の気候政策が「つぎはぎ状態」であることから、企業は気候問題への取り組みを継続しつつも、そうした対応をあえて広報しない「グリーン・ハッシング」戦術を採る可能性が高いという。