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焦点:「債券自警団」復活か、トランプ氏の政策阻む可能性も

2025年01月17日(金)18時46分

 1月16日、1993年にクリントン米大統領(当時)は就任早々、予想外の敵に直面した。債券トレーダーらから成る「債券自警団」だ。テキサス州ミッドランドで2020年7月撮影(2025年 ロイター/Carlos Barria)

Lawrence Delevingne Yoruk Bahceli Dhara Ranasinghe

[ニューヨーク/ロンドン 16日 ロイター] - 1993年にクリントン米大統領(当時)は就任早々、予想外の敵に直面した。債券トレーダーらから成る「債券自警団」だ。

それまでの10年間、低税率と多額の防衛支出によって米国の債務比率は倍増しており、新政権下での財政悪化を警戒した債券トレーダーが米国債を売って利回りを急上昇させる恐れがあった。クリントン氏はやむなく増税、支出削減という不人気の政策を実行する。

クリントン氏の側近の1人で、後に米連邦準備理事会(FRB)副議長を務めたアラン・ブラインダー氏は「難しい三つどもえ選挙に大差で勝利したばかりだというのに、一握りの債券トレーダーらに屈することを彼(クリントン氏)は相当不快に思っていた」と振り返る。

トランプ次期大統領の就任を20日に控え、米国で債券自警団が復活すると複数の市場専門家が予想している。しかも経済指標はクリントン氏の大統領就任当初よりさらに警戒すべき状態だという。ブラインダー氏は「われわれの多くは、債券市場の自警団が第2章に向けて蘇るのではないかと思っている」と語った。

米国の債務の対国内総生産(GDP)比率は100%近くと、当時の2倍。抑制しなければ2027年までに第2次大戦後の過去最高を更新する見通しだ。

米10年物国債利回りは既に、昨年9月から1%ポイント余り上昇している。

在任中に市場の混乱を経験した米国および外国の政策当局者らによると、トランプ氏は債券自警団によって政策を監視される可能性がある。

ロイターは政策当局者やエコノミスト、投資家など12人近くに取材するとともに、1980年代以降に世界中で起こった債券市場の混乱を調べることで、トランプ氏就任後の市場混乱リスクを検証した。

それによると、債券トレーダーが注視する複数の指標が赤信号を発している。米連邦政府債務は、トランプ氏が1期目の大統領に就任した2017年の20兆ドル弱から、現在は28兆ドル超に拡大。世界の総債務は24年に初めて100兆ドルを超えたとみられ、投資家を神経質にさせている。

ルーミス・セイルズのポートフォリオマネジャー、マット・イーガン氏は「債券自警団が現れるリスクはある。答えられないのは、それがいつ起こるかだ」と語った。

専門家らによると、トランプ氏にはいくつか救いとなる要因もある。世界の準備通貨というドルの地位、そしてFRBが今では危機時に介入する能力を確立している、つまり常に米国債の買い手は存在する、ということだ。

ロイターが過去の危機を分析したところ、何が債券売りのきっかけになるかを予想するのは難しいものの、いったんパニックが起こるとすぐに制御不能になってしばしば大規模な介入が必要になることが浮き彫りになった。

クリントン政権で財務長官を務めたロバート・ルービン氏は、急激な利回り上昇は景気後退や金融危機を引き起しかねないため、債券市場はトランプ氏が実施したいことを「あっという間に実行しにくくする可能性がある」と語る。ただ、「その転機がいつ訪れるかは予想できない」と付け加えた。

トランプ氏は減税と景気刺激策を実施したいと語っているが、ロイターが取材した政策当局者やエコノミスト、投資家は懐疑的な目を向ける。

トランプ氏がFRBなどの機関を弱体化させかねないことも考え合わせると、政策は激しい市場の反応を引き起こし、同氏は方向転換を余儀なくされそうだという。

長年にわたりトランプ氏の経済顧問であるスティーブン・ムーア氏は、世界の経済成長を損ないかねない「大規模な関税」のリスクを債券売りの引き金となる可能性の一つに挙げた。

<減税>

「債券自警団」という言葉の生みの親であるエコノミストのエド・ヤルデニ氏は、トランプ氏は支出削減を約束するとともに、債券市場に通じた元ヘッジファンドマネジャーのスコット・ベッセント氏を財務長官に指名することである程度の時間稼ぎができたと言う。

ベッセント氏らはクリントン政権のルービン氏と同じ役割を果たし、トランプ氏の財政政策は比較的保守的なものになる可能性があるとヤルデニ氏は予想した。

ベッセント氏はこの記事へのコメントを控えた。

同氏は昨年6月、昨年時点で6.4%だった財政赤字の対GDP比率を、政権の終わりまでに3%に下げるようトランプ氏に促したいと述べている。今週16日の上院指名承認公聴会では、17年のトランプ減税を称賛する一方で、現在の財政赤字比率は高く、危機に対応するために多額の国債を発行する余地は減っているなどと訴えた。

一方、同じくトランプ氏の長年の経済顧問であるエコノミスト、アーサー・ラッファー氏は財政赤字を重視するのは適切ではないと指摘。同氏の「ラッファー曲線」理論は、減税は経済活動を刺激するため将来的な税収増につながるというものだ。

ラッファー氏は最近の国債利回り上昇について、トランプ氏の政策が経済成長を押し上げるという予想を反映しており、明るい兆しだとの考えを示している。

しかし、クリントン政権時代に債券自警団の一員だった著名債券投資家、ビル・グロース氏は、経済成長によって多額の米財政赤字が解決されるというラッファー氏の予想を一蹴。「そんなことは起こらなかったし、今も起こらないだろう」と電子メールでコメントした。

<潜在成長率超え>

債券トレーダーは幅広い要因を元に売買の判断を行う。一部の指標は現在、長期の資金貸し出しのリスクが高まっていることを示しているため、投資家は債券に高い利回りを要求するようになっている。

そうした指標の一つが、潜在成長率と借り入れコストの対比だ。借り入れコストが潜在成長率を上回ると、債務の対GDP比率は新規借り入れをしなくても高まり、長期的に持続不可能になる恐れがある。

FRBは長期的な米国の実質成長率を1.8%とみており、これにインフレ目標の2%を乗せた名目値は3.8%となる。米10年物国債利回りは既に4.7%前後と、この水準を超えている。

<世界的な影響>

米国で金利が急上昇すれば、世界にショックが広がるだろう。既に英国債は売られており、30年物の利回りは26年ぶりの高水準を付けた。フランス10年物国債のドイツ国債に対する利回りスプレッドは昨年11月、欧州債務危機時の12年以来の水準に拡大した。

11年に危機からイタリアを救うために首相に指名されたマリオ・モンティ氏は当時と現在の違いについて、当時は欧州の小国が危機だったのに対し、現在は欧州最大級の国々が苦しい状況にある点を指摘する。そして当時はオバマ米政権のリーダーシップが欧州債務危機を封じ込める上で重要な役割を果たしたという。

<債券売りの引き金>

複数の専門家によると、債券市場はトランプ氏の支出削減と減税の影響を見極めたいと考えており、失望が広がるようなら債券自警団登場の引き金になりかねない。連邦債務上限を巡る論争が長引いたり、米国の信用格付けが一段と引き下げられたり、制裁や戦争などの理由で米国債に対する外国からの需要が下がったりすれば、事態は悪化するかもしれない。

マクロヘッジファンドのブリッジウォーター・アソシエーツの創業者、レイ・ダリオ氏は電子メールで「潜在的な引き金は数多くある」と指摘した。

ロイター
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