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アングル:ガザ攻撃から1年 あてどない避難続ける住民に、一生消えぬトラウマ

2024年10月08日(火)13時24分

 イスラエルによる攻撃が始まって1年、ガザ地区の総人口約230万人のうち200万人以上が「トラウマにつながる暴力的な出来事に遭ったか、目撃した」と支援団体の職員は話す。写真はガザ南部ハンユニスで、東部の住宅街に戻ろうとする住民。7月30日で撮影(2024年 ロイター/Mohammed Salem)

Nazih Osseiran Menna Farouk

[ベイルート 4日 トムソン・ロイター財団] - イスラエルによるガザ地区空爆を逃れて避難を繰り返す間に、ハゼム・スレイマンさん(26)の体重は4分の1近くも減ってしまった。だが彼を本当に悩ませているダメージは、外見からは分からない。すなわち、永遠に刻みつけられた目に見えぬトラウマ(心的外傷)だ。

「子どもや女性の叫び声を忘れることはないだろう。黒焦げになった遺体を悪夢に見る。ホラー映画の場面にも出てこない、それが現実だ」

スレイマンさんはいま、荒廃した南部の都市ハンユニスに建てたテントで、妻と母親、そして8人の子どもらと一緒に暮らしている。多くの隣人や友人と違って命は無事だが、だからといって無傷というわけではない。

「自分の精神状態は最悪だし、子どもらはいつもおびえている」とスレイマンさんは言う。

同じくハンユニスで、モナ・アブ・アメルさんは何カ月も眠れないと話す。夫や3人の子どもらと一緒に暮らす薄っぺらなテントに、爆弾がいつ落ちてくるか分からないという恐怖感のせいだ。

絶え間ないストレスのせいで、髪の毛も抜け始めた。出産したばかりだが、空腹を抱えた赤ん坊への授乳もままならない。

アブ・アメルさんはトムソン・ロイター財団に「ストレスのせいで突然乳の出が悪くなり、授乳できなくなった」と語った。「息子のマフムードは生後4カ月でいつも泣いているが、どうしてやることもできない」

イスラエルによる攻撃が始まって1年、ガザ地区の総人口約230万人のうち200万人以上が「トラウマにつながる暴力的な出来事に遭ったか、目撃した」と語るのは、同地区で「メディカル・エイド・フォー・パレスチニアン(パレスチナ人への医療支援)」の精神衛生支援部門を率いるモハンマド・アブ・シャウィッシュ氏だ。

アブ・シャウィッシュ氏はメールで質問に回答し「特に母親らは、子どもを守ろうとする責任と暴力の恐怖との板挟みになって非常に強い不安を抱いている」と述べた。

ハマスの戦闘員がイスラエル南部を攻撃し、1200人を殺害、約250人の人質をとった昨年10月7日以来、これを理由とするイスラエルによる攻撃によって、ガザの人々のほとんどが避難を余儀なくされ、中には10回も避難を繰り返した事例もある。

それ以来、イスラエルの空爆と砲撃により、ガザ地区の多くががれきと化し、ガザ保健省によれば4万1600人以上が死亡した。負傷者は少なくとも9万人に達する。

こうした数字だけでも悲惨だが、ここまで破壊を生き延びてきた人々が負った心の傷の深さはほとんど伝わってこない。支援関係者は、特に子どもたちの精神的な傷は深いと語る。

国連児童基金(UNICEF)の推定では、ガザ地区の子ども120万人ほぼ全員がメンタルヘルス上の支援を必要としているという。

「ガザの子どもらは、家族や兄弟姉妹、両親との絆という感覚を失っている。なぜなら母親も父親も、そしてほかの誰もが、子どもらに『守られている』という安心感を与えられないからだ」と語るのは、「セーブ・ザ・チルドレン」に参加してガザを拠点に活動する、メンタルヘルス・心理支援コーディネーターのアル・カワジ氏だ。

「誰も子どもたちを守ることができない」

<積み重なる精神衛生上のニーズ>

セーブ・ザ・チルドレンは6月、ガザでは最大2万1000人の子どもたちの行方が分からなくなっている模様だと発表した。ここには、身寄りがなく家族と離散した1万7000人、がれきの下に埋もれた4000人が含まれている。数は不明ながら、大規模墓地に埋葬された子どももいると考えられる。

同団体は、虐待や拷問の事例が伝えられる一方で、拘束されてガザ地区外へと移送された人数不明の子どもなど、意に反してガザから姿を消さざるを得なかった子どももいるとの見方を示した。

アブ・シャウィッシュ氏は、生き延びた子どもたちも特にメンタルヘルスや心理面での問題を抱えやすくなっていると話す。

幼少期に経験するトラウマはその後の人生にも長く影を落とし、認知面、学習面での困難や行動面での問題、慢性的な健康障害に至る多くの精神疾患の原因になる可能性があると同氏は続ける。

特に負傷した子どもらが受ける精神的なダメージは深刻だ。

UNICEFは4月、ガザ地区において昨年10月以降で1万2000人以上、つまり1日約70人の子どもが負傷したというパレスチナ保健省のデータを紹介した。

<抱きしめる余裕なし>

アル・カワジ氏は、子どもらの精神衛生にとって最も大切なのは「安心感」だと話す。こうした感覚は、子どもらが紛争の中で自宅を失うと「完全に崩壊」してしまうという。

深刻かつ長期にわたるトラウマに対処するため、アル・カワジ氏は、地に足をつけるための「グラウンディング・セッション」と呼ばれる支援を提供。戦地で生き残るという課題に対応し、子どもらが解離症状に陥らないよう取り組んでいる。

だがアル・カワジ氏は、戦争の残酷さ、そして戦争が人々に強要する殺伐とした生活に対処方法はあるのか、疑問に感じている。同氏は同僚とともにその努力を続けているが、本人らもやはり同じような精神的・身体的な苦痛に耐えている。

多くの場合、望み得るのはわずかな成果にすぎない。

「たとえ些細なことでも、私たちにとっては大きな意味がある」とアル・カワジ氏は言う。

数週間前の話だ。アル・カワジ氏がリーダーを務めたサポートセッションの途中、ある女性が自分の子どもを抱きながら突然泣きだした。彼女にとって、戦争が始まって以来、我が子を抱きしめたのはその時が初めてだったという。

「その女性は、自分の息子をこよなく愛しているが、子どものことを考える余裕がなかった」とアル・カワジ氏は語る。「息子の命をつなぐ、つまり水や食べ物の確保だけで精一杯だった。そのためだけに、本人だけでなく、家族全員の毎日が費やされていた」

かつて自転車チームの主将だったスレイマンさんも、同じような重圧を感じている。スレイマンさんは今も毎日自転車で長距離を走っているが、その目的は子どもらのために毎日水と食料を確保することだけだ。

アブ・アメルさんも生き延びることに専念しているが、厳しい反動が来ることは理解している。

「いま考えられるのは、生き残りたいと願うことだけだ」とアブ・アメルさんは言った。「だが、たとえ生き延びられたとしても、この戦争の恐ろしい記憶に今後もつきまとわれるだろう」

(翻訳:エァクレーレン)

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