アングル:気候変動と農地拡大、アマゾン地域に迫る「二重の危機」
干ばつと洪水がブラジル全土に大きな損害を与える中で、農家も気候緊急事態の影響を実感しつつある。だが、収量低下と腐っていく作物に悩む一方で、農家はより多くの樹木を伐採して農地を開墾する権利を守ろうと必死だ。写真は国立公園で、木を切り倒すために伐採業者に雇われた男性。2013年撮影(2024年 ロイター/Nacho Doce)
Andre Cabette Fabio
[リオデジャネイロ 16日 トムソン・ロイター財団] - 干ばつと洪水がブラジル全土に大きな損害を与える中で、農家も気候緊急事態の影響を実感しつつある。だが、収量低下と腐っていく作物に悩む一方で、農家はより多くの樹木を伐採して農地を開墾する権利を守ろうと必死だ。
リオグランデドスル州南部では、相次ぐ自然災害がもたらした損害が顕著に見られる。アナリストらは、今年は長期にわたる干ばつが終息し、大豆収穫量は過去最大になると予測していたが、逆に6月には壊滅的な洪水がこの地域を襲った。
洪水による死者は約170人。50万人が自宅を失った。洪水は農作物にも大打撃を与え、世界一の大豆生産国であるブラジルだが、生産量は最大で15%減少するものと農家らは予想している。
同州サンセペで大豆と小麦を生産するグラツィエレ・デ・カマルゴさんは、「干ばつと昨年の不作のせいで借金を抱えてしまった」と語る。カマルゴさんは、これまでの損失を取り返そうと大きな投資に踏み切っていた。
「それなのに、何も収穫できなかった」とカマルゴさんは言う。カマルゴさんは、気候危機の影響への対応に向けて政府からの資金支援を求める「SOSアグロ」運動の先頭に立っている。
農家が苦しんでいるのは、穀倉地帯であるブラジル中西部、そして干ばつによる穀物への被害だけでなく原野火災が猛威を振るった北部も同様だ。しかも今後数カ月のあいだに、さらに原野火災が発生すると予想されている。
アマゾン川流域における昨年の干ばつは観測史上最も深刻なものだった。河川流量は急減し、輸出用穀物の出荷にも影響が出た。
ブラジル国家食糧供給公社(CONAB)は、2023/24年度の穀物生産について、1%減としていた当初の予測を下方修正し、現在では7%減になる可能性が高いと見ている。
ブラジル農牧研究公社(EMBRAPA)で気候リスク研究の指揮をとるエデュアルド・モンテイロ氏が政府統計をもとに実施した分析によれば、2020-2023年に気候変動が農業セクターに与えた損害は2400億レアル(約6兆8250億円)にのぼる。
この被害額はその前の4年間に比べ2.5倍にも達するが、二酸化炭素排出量で世界第7位であるブラジルの農家は、気候変動について議論することに消極的だ、とモンテイロ氏は指摘する。
モンテイロ氏は、「農業ビジネスが盛んな地域の多くでは、気候変動は自然保護運動を推進する口実にすぎないと農家は考えている」と語る。
前出のカマルゴさんも、気候緊急事態の影響を目の当たりにしているにもかかわらず、農業セクターが変わっていく必要があるとは考えていない。
「農業にも気候変動に対する責任があるという人は多いが、これはよくある異変だ。80年前にも洪水はあったし、グローバルなサイクルの一環だ」
<国際的な取り組みに屈しない農家>
科学者らは、気候変動によってリオグランデドスル州における洪水発生の確率は2倍に上昇しているとして、気候変動、森林破壊、火災、その他人間の活動による影響により、アマゾンは、これまでより乾燥したサバンナに近い環境へと変貌する「転換点」に近づきつつあると警告する。
だが、マトグロッソドスル州牧畜農業連盟のマルチェロ・ベルトーニ会長は、異常気象は農業ビジネスにとっては日常茶飯事だと語る。
「私は気候変動否定論者ではないが」とベルトーニ会長は言う。「この社会はこれまでも常に干ばつと洪水のサイクルを経験してきたし、原野火災もいつの時代にもあった」
「昔から農家にとっては豊作もあれば不作もある。これだけいろいろ起きても、私たちは依然として世界最大の(大豆)生産国だ」
温室効果ガス排出・除去試算システムが2022年に行った評価では、ブラジルによる二酸化炭素排出量の約76%は、放牧と森林及びその他原野の農地転用によるものとされている。
森林が伐採され、樹木が腐敗または焼却されると、樹木に蓄積されていた地球温暖化効果のある炭素が大気中に放出され、地球温暖化を加速することになる。
だが農家は、森林破壊と農地転用の抑制を求める声に反発している。ブラジルの2012年森林法は私有地における樹木伐採の権利を認めている、というのが彼らの主張だ。
また、欧州連合(EU)による森林破壊防止規則(EUDR)など、森林破壊を阻止するための国際的な取り組みに屈しない農家も多い。EUDRは、最近森林伐採が行われた土地で生産された農産物をEU域内へ輸入することを禁じるもので、今年12月から適用となる。
大豆生産者協会アプロソジャのリオ・グランデ・ド・スル州支部幹部、ルイス・マラスカ・フックス氏は、こうした禁止措置は「米国や欧州の(環境関連)機関が出しているものだ。私たちは彼らに販売すらしていない」と語った。「われわれの市場は、中国と中東の方がはるかに大きい」
<政界にも農地拡大推進の動き>
複数の大学、非営利機関、テクノロジー企業による共同プロジェクト「マップバイオマス」によれば、現在、ブラジルの国土に占める農地・牧草地の面積は33%で、手段の合法・違法を問わず、今も拡大を続けている。
フォレストコード・オブサーバトリー(森林法監視団)の分析によれば、森林法のもとでは、私有地に含まれる約8500万ヘクタールの森林は合法的に伐採が可能だという。
農業ビジネスと関係の深い国会議員らは昨年、先住民居住地としての登録を制限する法案を提出・可決しており、これによってさらに多くの土地が農地転用可能になる可能性がある。
ブラジル最高裁判所がこの法律の合憲性について判断を下すものとされているが、いつまでにという期限はまだ決まっていない。農家を支援する国会議員らは、最高裁による最終的な判断を回避できるよう憲法を改正することをめざしている。
自然環境に対するさらなる脅威も視野に入ってきた。
国内環境関連NGO(非政府組織)のネットワークであるクライメート・オブサーバトリーによれば、もし可決されればアマゾンも含めた合法的な森林破壊の範囲を拡大すると思われる法案が25件、憲法改正案が3件あることがわかった。
現行の規定では、アマゾン生物群系内の私有地では、面積の80%において天然植生を保護しなければならないが、新たな法案が可決されれば、すでに地域の半分が自然保護区として指定されている自治体においては、この基準が50%まで引き下げられることになる。
国会における最有力の議員グループである「議会農業戦線」は、トムソン・ロイター財団からの問い合わせに対する文書による回答の中で、この法案は「アマゾン地域における環境保全と経済発展のバランス」をめざすものだと述べている。
下院議員の約半数、上院議員の3分の2が名を連ねる同議員グループでは、気候変動という「否定できない現実」を認識しているとしつつ、「環境保護議員グループは、関心を集めるために災難に便乗している」と述べている。
議員らが法案を検討する一方で、農家は引き続き、最近の洪水によるコストを数え上げている。
リオグランデドスル州カシアスドスルのバルミル・スシンさんの畑では、今も曇りがちな空の下、レタスやチコリ、ルッコラが腐りかけている。被害からの回復には何年にもわたる投資が必要だとスシンさんは言い、農地を捨ててしまう人も出てくるだろうと続ける。
「多くの生産者が逃げ出すだろう」とスシンさんは言う。
(翻訳:エァクレーレン)