アングル:スペインで住宅不足深刻、観光ブームも追い打ち
7月11日、スペイン首都マドリード市内で3年間にわたる野宿生活を経験したフランシスコ・カリージョさんは、慈善団体が提供してくれた新居のアパートでベッドに横たわると、ようやく安心するとともに涙がこぼれ落ちた。写真は5月、マドリードの新居でベッドに横になるカリージョさん(2024年 ロイター/Violeta Santos Moura)
Corina Pons
[マドリード 11日 ロイター] - スペイン首都マドリード市内で3年間にわたる野宿生活を経験したフランシスコ・カリージョさん(62)は、慈善団体が提供してくれた新居のアパートでベッドに横たわると、ようやく安心するとともに涙がこぼれ落ちた。
年金生活者のカリージョさんは、南部ハエンから咽頭がんの治療のためマドリードにやってきたが、手頃な価格の賃貸住宅を見つけられなかった。
「今晩は赤ん坊のように眠るつもりだ」と語る。
スペインでは低所得層向けの社会住宅の供給が不足し、長期の賃貸契約の妨げになる法令も存在するため、カリージョさんのように金銭的な事情で住宅市場から退出を迫られる人が増え続けている。
事態をさらに悪化させているのは、観光ブームを背景に、エアビーアンドビーやブッキング・ドット・コムなどのプラットフォーム経由での旅行客向けの短期賃貸が活発化していることだ。最近数週間ではこうした状況に対する抗議デモも相次いだ。
スペインのホームレスは2012年以降で24%増えて2万8000人に達したことが政府統計で分かる。スペイン銀行(中央銀行)のリポートによると、賃貸住宅に住む人の約45%は貧困に陥るか社会から疎外されるリスクがあり、この比率は欧州で最も高い。
過去10年におけるホームレスの大幅増加は欧州全体に共通する。ただスペインの場合は、両親と暮らす選択をする若者も多く、問題の深刻さを覆い隠している面もある。
スペインでは18歳から34歳の60%余りは実家暮らしで、08年から22年までに両親の家に住む若者はスペインが欧州主要国で最も急速に増加している。
一方、スペインの社会住宅の在庫は全住宅のわずか1.5%にとどまり、欧州平均の9%よりもずっと低い。
民間賃貸住宅の入居を巡る競争は熾烈で、不動産サイトのイデアリスタによると、マドリードで掲載される1つの物件当たり約40人も応募が殺到する状況だ。
中道左派の社会労働党出身のサンチェス首相が率いる現政権は、向こう3年で公営住宅を18万4000戸増やす計画。サンチェス氏は5月、国内の社会住宅在庫を27年までの自身の任期中に欧州の平均まで高めたい考えを示している。
しかしスペイン銀行の見積もりでは、その目標を達成するにはさらに150万戸を供給しなければならない。
今の住宅建設ペースは年9万戸と需要に追いついておらず、08年の年65万戸を大きく下回っている。
ロドリゲス住宅相は9日、政府が目標実現に向けて新たな計画を始動させたと説明した。
<民間の支援>
たとえ需要の一部にしか対応できないとしても、政府の不十分な取り組みの穴を埋めようと慈善団体が民間資本を投入しつつある。
カリージョさんに住居を提供したのは、社会投資ファンドのテチョの傘下組織。テチョはホームレス支援活動をしている慈善団体に賃貸住居を届けており、4月にはコンサルティング会社のEYや事業用不動産サービスのCBREといった世界的企業を含む33のビジネスパートナーの支援を受けて国内株式市場に上場を果たした。
テチョは約230件のアパートを保有し、50の非政府組織(NGO)と協力して市場価格より30%低い賃料を設定。投資家は一定のリターンを確保しつつ、環境・社会・ガバナンス(ESG)の面で評価を高められる仕組みだ。
別の慈善団体、オガル・シはホームレス向けに400のアパートを貸し出しているが、2年前に経費節減のため物件の買い手を募り始めた。代表のホセ・マニュエル・カバリョル氏は、現在の住宅危機に向き合うには、官民双方が賃貸用の社会住宅を提供しなければならないと訴えた。
マドリード市の住宅問題担当部門責任者を務めるディエゴ・ロサーノ氏の話では、同市のような大都会の場合、地方から仕事を求めてやってくる移住者にも対処する必要があるという。
同市の社会住宅の入居待ち人数は4万8000人に上る。ロサーノ氏は、市として30年までに社会住宅在庫をほぼ3倍の1万5000戸に増やせるよう努力しているが、それでも需要を満たせないと認めた。
ロサーノ氏は、住宅の借り手の権利を守る目的で最近導入された法令が、逆にオーナー側に長期契約を結ぶ意欲を失わせていると指摘する。この法令は、社会的立場の弱い借り手は賃貸料を払わずに最長2年間は物件に住むことができると定めている。
そのため大家側は、最貧困層では払えないような高い敷金を要求するようになっている、とロイターが取材したNGOが明かした。
またこの法令が適用されない短期賃貸市場に物件が回される動きもあり、イデアリスタによると、長期賃貸物件の供給が1年で15%減少した半面、主に旅行者向けの短期賃貸物件は3月までの1年で56%も増えた。
年金生活者のカルメン・カハマルカさん(67)は最近、25年間住んでいたマドリード近郊のアパートを1カ月後に退去するよう通告された。アパートがアルゼンチンのファンドに売却され、旅行者向けの短期賃貸用に改装されると決まったからだ。
新居を探す間、できるだけ長く住み続けようとしているカハマルカさんは「このアパートは旅行者専用になる。ずっとここで暮らしてきたわれわれはどこに住むことになるのだろうか」と問いかけた。
自治体の間では、住宅があまりに不足している現状を踏まえ、旅行者向けアパートの提供を制限したり禁止したりする動きも出てきている。