ニュース速報

ワールド

アングル:米市民にのしかかる未払い医療費28兆円、負担軽減策も

2023年07月28日(金)14時59分

  7月21日、米フロリダ州のフォートローダーデール郊外に住むジェン・バコウスキーさん(53)は4年前、がんと診断され、一連の治療で一家の暮らしは激変した。写真は2019年9月、カリフォルニア州サンディエゴの病院で撮影(2023年 ロイター/Mike Blake)

[ワシントン 21日 トムソン・ロイター財団] - 米フロリダ州のフォートローダーデール郊外に住むジェン・バコウスキーさん(53)は4年前、がんと診断され、一連の治療で一家の暮らしは激変した。そこに追い打ちをかけるように、医療費の請求書や支払い遅延通知、未払い金回収の警告書などが届き始めた。

10代の子ども2人を抱えるバコウスキーさんはトムソン・ロイター財団の電話インタビューで、「今もだいたい1週間に10件から12件の請求書が来る。ずっと処理し続け、できるだけのことをしているけど、無理だ」と打ち明けた。健康状態は今のところ安定しているが、一家は昨年、収入の4分の1以上を医療費につぎ込んだ。

それが6月に届いた手紙で、聞いたこともない制度によって2020年の2件、計2600ドル近くの医療費が帳消しになると知った時には驚嘆した。

「手紙をもらって1人じゃないと思えた」

ピーターソン・センター・オン・ヘルスケアと医療問題に特化した非営利団体KFFの調査によると、米国では1億人余りがバコウスキーさんのように医療費負債を抱え、総額は推計1950億ドル(約28兆円)に上る。負債額の多くは1000ドル以下だが、低所得層や障害者の負債額はもっと大きい傾向がある。

医療費負債は、新型コロナウイルスのパンデミックや人種間の公平性についての議論の高まりを受けて、新たにクローズアップされた問題だ。ピーターソン・センターなどの調査によると、黒人が医療費負債を抱えている確率は、白人より50%ほども高い。

未払いの医療費がある人々は負債を返済するか、食費や家賃を支払うかの選択を強いられる。信用格付けが影響を受け、ローンの借り入れや保険への加入、住宅探しさえ困難になると政府関係者や研究者は指摘する。

医療費負債が地域社会全体に波及する影響を懸念し、首都ワシントンやニューオリンズ、オハイオ州トレドなどいくつかの自治体は、連邦政府のパンデミック救済資金を活用して医療費債権を買い取る取り組みを進めている。

<債権買い取り>

医療費債権の買い取りを促進する非営利団体、RIPメディカル・デットのアリソン・セッソ社長兼最高責任者(CEO)によると、住宅ローン担保証券であれ、支払い延滞の医療費であれ、流通市場で債権を買い取る人々の大半は、債権をできるだけ多く回収し、利益を上げるのが目的だ。

ただこうした取引はRIPのような慈善目的の買い手にとってチャンスでもある。RIPはこの10年間に慈善団体の資金や寄付を活用して医療費債権を買い取り、600万世帯余りの債務、計95億ドル以上を帳消しにしてきた。

RIPは通常、病院の協力を得て負債額を調べたり、流通市場で古い未払い債権を買い取ったりする。その情報を別途取得した所得データと照合し、RIPの救済制度を受ける資格のある人々を特定。救済を知らせる手紙を送っている。

RIPによると、こうした取り組みは地方自治体の注目を集めており、16の市、12の郡、7つの州が資金提供による協力に関心を示しているという。

RIPと最初に提携したイリノイ州クック郡は5月、年初来に取得した医療費債権は8000万ドル近く、対象者は7万3000人に上っていると発表した。

<地域社会への影響>

米消費者金融保護局(CFPB)の昨年の報告書によると、医療費負債は突然発生し、えり好みできない点が他の債務と大きく異なる。

シンクタンク、アーバン・インスティテュートのヘルス・ポリシー・センター主席研究員、マイケル・カープマン氏によると、最もリスクが高いのは無保険者だが、医療費負債を抱える人のほとんどは保険に加入している。問題は保険料が安く、免責金額、つまり自己負担額の大きい保険プランで、「支払い切れない」場合があるという。

シカゴを含むクック郡の郡委員会のトニ・プレックウィンクル委員長によると、14%の世帯が医療費負債を抱えており、家計破産の主な原因になっている。特にアフリカ系と中南米系の市民で問題になっているという。

カープマン氏の今年の調査によると、医療費負債は病院にとっても懸念事項であり、米国では全体の4分の3近くが病院に対する未払い分だ。

<法改正>

全国的な支援団体、デット・コレクティブのリンゼー・ムニアック氏は、医療費負債軽減策による直接的な救済は非常に必要度が高いとしながら、問題を生み出している構造的な状況に対処するために政治、行政面の取り組みが求められると訴えた。

ムニアック氏が働き掛けを進めているメリーランド州では、治療無償化対象の所得上限を引き上げたり、一部の医療費負債について賃金の差し押さえや住宅への抵当権設定を禁止する法律が最近制定された。

ジャレッド・ウォーカー氏は2021年に非営利団体ダラー・フォーを設立し、医療費負債の軽減を支援している。「多額の医療費を請求された人にまず言いたいのは、『恥じることはない。あなたは悪くない』ということ」だと語り、「悪い制度に原因がある」と続けた。

(Carey L. Biron記者)

ロイター
Copyright (C) 2023 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ガザ紛争、レバノンなどへの拡大を懸念=国連事務次長

ワールド

米政権のSNS偽情報削除措置認める、最高裁 

ワールド

EU加盟国、ベラルーシ制裁に合意 ロシア制裁の抜け

ビジネス

ユーロ圏への加盟候補国、いずれも基準満たさず=EC
MAGAZINE
特集:小池百合子の最終章
特集:小池百合子の最終章
2024年7月 2日号(6/25発売)

「大衆の敵」をつくり出し「ワンフレーズ」で局面を変える小池百合子の力の源泉と日和見政治の限界

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ロシア軍部隊を引き裂く無差別兵器...米軍供与のハイマースが禁断のクラスター弾を使った初の「証拠映像」がXに
  • 2
    「悪名は無名に勝る...」売名の祭典と化した都知事選の源流は11年前の「選挙フェス」にあった
  • 3
    傷ついて「帰国」したハイマース2台、ロシアにやられた初めての証拠か
  • 4
    ワニの襲撃で男性が腕を失う...発見者が目撃した衝撃…
  • 5
    8人負傷のフィリピン兵、1人が「親指失う」けが...南…
  • 6
    貨物コンテナを蜂の巣のように改造した自爆ドローン…
  • 7
    アルツハイマー病の症状を改善する治療法が発見された
  • 8
    ハイマースに次ぐウクライナ軍の強い味方、長射程で…
  • 9
    「大丈夫」...アン王女の容態について、夫ローレンス…
  • 10
    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…
  • 1
    「何様のつもり?」 ウクライナ選手の握手拒否にロシア人選手が大激怒 殺伐としたフェンシング大会
  • 2
    偉大すぎた「スター・ウォーズ」の看板...新ドラマ『アコライト』を失速させてしまった「伝説」の呪縛
  • 3
    スカートたくし上げノリノリで披露...米大物女優、豪華ドレスと「不釣り合い」な足元が話題に
  • 4
    アン王女と「瓜二つ」レディ・ルイーズ・ウィンザーっ…
  • 5
    ロシア軍部隊を引き裂く無差別兵器...米軍供与のハイ…
  • 6
    韓国観光業界が嘆く「中国人が戻ってこない」理由
  • 7
    電気自動車「過剰生産」で対立するG7と中国──その影…
  • 8
    8人負傷のフィリピン兵、1人が「親指失う」けが...南…
  • 9
    貨物コンテナを蜂の巣のように改造した自爆ドローン…
  • 10
    ワニの襲撃で男性が腕を失う...発見者が目撃した衝撃…
  • 1
    ラスベガスで目撃された「宇宙人」の正体とは? 驚愕の映像が話題に
  • 2
    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア
  • 3
    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「回避」してロシア黒海艦隊に突撃する緊迫の瞬間
  • 4
    「世界最年少の王妃」ブータンのジェツン・ペマ王妃が…
  • 5
    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車…
  • 6
    新型コロナ変異株「フラート」が感染拡大中...今夏は…
  • 7
    ヨルダン・ラジワ皇太子妃の「マタニティ姿」が美しす…
  • 8
    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思ってい…
  • 9
    我先にと逃げ出す兵士たち...ブラッドレー歩兵戦闘車…
  • 10
    認知症の予防や脳の老化防止に効果的な食材は何か...…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中