コラム

『シン・ウルトラマン』を見て的中した不安

2022年05月18日(水)10時36分

このことは、単にナウシカの移動を説明するだけに留まらない。人々の生活レベルが中世まで退化してしまっているこの世界にあって、動力付きのメーヴェ(貴重品)を特権的に自由に操れるこの少女が、特殊な社会的立場にあること。すなわちナウシカが庶民よりも立場が上の王族であることを暗に示唆する劇的な映像的演出(伏線)になっているのである。台詞に頼らず、画面(絵)で作品世界の広がりや重厚感を説明することこそが演出の妙味であり、それは初手の移動シーンによってなされる場合が多い。移動にまつわるシーンとはかくも重要なのだ。

一事が万事、本作には位置関係や空間的広がり、つまり点Aと点Bへの合理的な移動方法を描かないので、脚本上の情報量を画面(絵)に落とし込んだ際の、合理的説得性と、そこから発生する空間的重厚感が滅殺されてしまっている。『シン・ゴジラ』では、完全体になる前のゴジラが蒲田に上陸することが明示される。これを以て観客は、ゴジラと人間側の位置関係が判明して世界観の広がりを納得できる仕組みになっている。

更に完全体ゴジラが鎌倉方面に上陸してそのまま北上し、武蔵小杉で阻止するために自衛隊の10式戦車を主体とする前線司令部が絶対防衛ラインを敷く。ここを突破されればゴジラは東京に入るというのは自明であり、位置関係の合理的説明が極めて速いカットによってなされるため、観客は手に汗握る展開となる。本作ではこういった位置関係の提示がないため、カットが切り替わるたびにすべてが唐突で、「ただそこに俳優を置いて喋らせている」というパッチワークにも似た演出上の欠点が露呈している。

失われた突進力

点Aと点Bへの合理的な移動方法を明示しないのは、観客に対し群像劇で最も重要になる位置把握を妨げ、脚本上の動的機微を停滞させる。合理的移動の説明がなく、位置関係も不明なので、脚本上スピード感がある展開であっても物語の突進がいちいち止まり、切迫性を欠く。このような移動、位置関係にかかわる説明は最初の一回で示せば後は省略してもよいのだが、省略以前に描写がないので、冒頭の「禍威獣」シーンでせっかく大きく物語がスピード感を得たのに、その次のシークエンス以降、途端に失速してしまう。

一言で言えば、脚本上の突進力が演出の部分で消されてしまっている。「あまり宜しくない例」として邦画にはよくある欠点だが、一般的にはこのような映画的演出は「基礎的なもの」と諒解されており、例えば日本の特撮をふんだんにオマージュした『パシフック・リム』(ギレルモ・デル・トロ監督、2013年)にはこういった瑕疵はない。なぜならこれは「基本のABC」であって、言われなくとも出来ていることが当たり前だからだ。

プロフィール

古谷経衡

(ふるや・つねひら)作家、評論家、愛猫家、ラブホテル評論家。1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2014年よりNPO法人江東映像文化振興事業団理事長。2017年から社)日本ペンクラブ正会員。著書に『日本を蝕む極論の正体』『意識高い系の研究』『左翼も右翼もウソばかり』『女政治家の通信簿』『若者は本当に右傾化しているのか』『日本型リア充の研究』など。長編小説に『愛国商売』、新著に『敗軍の名将』

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

EU加盟国、トランプ次期米政権が新関税発動なら協調

ビジネス

経済対策、事業規模39兆円程度 補正予算の一般会計

ワールド

メキシコ大統領、強制送還移民受け入れの用意 トラン

ビジネス

Temuの中国PDD、第3四半期は売上高と利益が予
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story