コラム

高市早苗氏の政策・世界観を分析する──「保守」か「右翼」か

2021年09月10日(金)11時59分

つまり高市氏は、その行為が侵略であるか自衛であるかは当時の人々の気持ちを基準に判断するべきであると言っている訳であるが、それであれば「元寇」は日本侵略ではなく、ナチスドイツのポーランド侵略は「東方生存圏確立のためで侵略ではない」という事になり矛盾状態が発生するが、それについての説明は無い。

ともあれ、先の戦争について「自衛戦争であった」「植民地支配はなかった」は保守界隈の歴史観の中核をなす二大要素である。もし「右翼」がこういった保守界隈よりさらに極端な思想的イデオロギーを持つ勢力と定義すると、この二大要素は「保守」にも「右翼」にも現在瀰漫している。もちろん靖国については況や、である。

ただしひとつだけ特徴的な歴史観としては、高市氏は日本による朝鮮や台湾などの統治は植民地支配ではない、と言っている手前、太平洋戦争に対しては「日本によるアジア解放の聖戦(東亜新秩序)」という理屈にはあまり触れていないことである。

高市氏の論法で言えば、「当時の植民地支配や戦争行為を現代の価値観から問うてはいけない」というものであるから、当時西欧諸国のアジアにおける植民地(蘭印、仏印、英領マレー等)を「日本によるアジアの欧米植民地からの解放」と定義すると矛盾状態が出来する。つまりは欧米にだけ当時の時代感覚を無視しそれを植民地と既定すると、日本の「アジア解放戦争」の大義と衝突するからである。当たり前のことだが、現代的感覚で以て植民地と定義してはならないのだとしたら、なぜ日本だけは免罪されるのかという壁にぶち当たるからだ。

普通、保守界隈でも右翼でも、先の戦争における「自衛戦争」と「アジア解放」と「(朝鮮・台湾等は)植民地ではなかった」論は、同時に展開されかつ矛盾したままで進行するのが常なのであるが、それを避けるために「あの戦争は西欧列強からのアジア解放の聖戦」だけを高市氏は恐らく「意図的」に脱落させている。この辺りはなるほど「上手い」と思う。

4.皇室観および所謂「自己責任論」

『正論』では、雑誌的特徴も踏まえてか、高市氏の皇室観が多く登場する。高市氏は、


二千年以上にわたって、皇位は父方の結党が天皇に繋がる男系によって継承されてきました。推古天皇をはじめ八方の女性天皇はおられましたが、全て男系の女性天皇で、在位中は独身であり、皇室以外の配偶者との間に生まれた子が皇位を継承する「女系」への変更は皆無でした。(中略)男系の血統が百二十六代も続いた「万世一系」という皇室二千年以上の伝統は、天皇陛下の「権威と正当性」の源だと考えています。

プロフィール

古谷経衡

(ふるや・つねひら)作家、評論家、愛猫家、ラブホテル評論家。1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2014年よりNPO法人江東映像文化振興事業団理事長。2017年から社)日本ペンクラブ正会員。著書に『日本を蝕む極論の正体』『意識高い系の研究』『左翼も右翼もウソばかり』『女政治家の通信簿』『若者は本当に右傾化しているのか』『日本型リア充の研究』など。長編小説に『愛国商売』、新著に『敗軍の名将』

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

原油先物は横ばい、米国の相互関税発表控え

ワールド

中国国有の東風汽車と長安汽車が経営統合協議=NYT

ワールド

米政権、「行政ミス」で移民送還 保護資格持つエルサ

ビジネス

AI導入企業、当初の混乱乗り切れば長期的な成功可能
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story