コラム

エヴァと私の26年

2021年04月14日(水)19時00分

1997年におけるエヴァ熱は、未完で終わったテレビ版が劇場で完結することを期待してその勢い最高潮に達し、特にすさまじいものであった。東京都三鷹市の水道局が節水を呼び掛けるポスターにエヴァの綾波レイを起用したところ、三鷹市の公共掲示板からポスターが窃盗され、闇で10万円の値がついた。すわ官憲が出動する騒ぎとなったほどである。

また月刊コミックエース(角川書店)でキャラクターデザインの貞本義行氏による漫画版が連載されているさなか、読者応募で2種類のキャラクターテレカ(500円の限定テレホンカード)が出されたが、これには1枚2万円の値が付いた。これはまるで「蘭奢待」と同じような価値を持ち、保有している者は神様扱いされたほどである。

さて1997年3月15日、旧劇場版の第一作「シト新生」が公開されたとき、私は中学3年であった。日本の北端に生まれ育った私は、当然のこと札幌市内の劇場に向かう訳であったが、当時人口約170万人の同市であっても、公開館はわずかに2館のみであったと記憶している(その後、順次拡大されたと思われる)。白河の関以北の大繁華街、ススキノは縦横無尽にネオンが煌めいていたが、その辺境にあって最大級の席数を誇った映画館が「札幌東宝公楽(以下、東宝公楽)」であった。当時の中学は完全週休二日制ではなく、隔週休みとなっており、公開日の3月15日は土曜日で授業があり映画館に行けなかった。

氷点下の路上に並ぶ

その替わり私は学友3名らと、まだ路面に残雪ある道路を必死で自転車をこぎ、同3月15日の夜11時ごろに東宝公楽に前進した。つまり公開二日目(3月16日)の朝一番の上映回を観るためであったが、ススキノの辺境は騒然としていた。夜目にも黒々と見える人だかりが、すでに劇場の前に列を作っていたのである。当時、映画館は完全入れ替え制ではなくネット予約も存在しなかったため、朝一番で鑑賞するには物理的に列に並ぶしかなかったのからである。先頭から数えたところ我々の順番は約120番目程度と出た。どうやら第一回目の上映には入り込めた。結局、朝一番の上映まで10時間以上、氷点下に近い路上で並んだ。

驚いたことに、列の先頭の連中は歩道に急増の野営地を作り、携帯ガスコンロで鍋焼きうどんなどを啜って暖を取っているのだ。そのガスコンロの赤々と燃える炎が、漆黒のススキノの中で一点、異様に際立ち瞬いていた光景を今でも忘れることが出来ない。現在では信じられないかもしれないが、エヴァ熱が最高潮に達していた当時、地方都市の公開第二日目であってもこのような状況であった。このようなときにチームプレイは役に立つ。私と学友ら4名は交代でコンビニに糧秣を買いに行き、すわ特需となったコンビニではカップ麺の売り切れが続出する程の事態であった。

プロフィール

古谷経衡

(ふるや・つねひら)作家、評論家、愛猫家、ラブホテル評論家。1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2014年よりNPO法人江東映像文化振興事業団理事長。2017年から社)日本ペンクラブ正会員。著書に『日本を蝕む極論の正体』『意識高い系の研究』『左翼も右翼もウソばかり』『女政治家の通信簿』『若者は本当に右傾化しているのか』『日本型リア充の研究』など。長編小説に『愛国商売』、新著に『敗軍の名将』

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

豪就業者数、8月は5400人減に反転 失業率4.2

ビジネス

イーライリリー経口肥満症薬、ノボ競合薬との比較試験

ワールド

トランプ氏、反ファシスト運動「アンティファ」をテロ

ビジネス

機械受注7月は4.6%減、2カ月ぶりマイナス 基調
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 7
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story