コラム

ナイキCMへ批判殺到の背景にある「崇高な日本人」史観

2020年12月03日(木)21時00分

むろん、同知事選挙で桜井誠氏に投票したすべての有権者が桜井氏の過去における人種差別に賛同していたわけではないだろうが、その多くが桜井氏への同調票であると考えるのが自然である。「朝鮮人を叩き出せ!」と絶叫していた党首に、東京都という日本総人口の1割に過ぎない地域を例にしても、約18万人の支持者が存在するという事自体、如何に日本で人種差別が激しく、またそれは「日本には欧米のような人種差別問題は極めて少ない~」という言説が如何に虚偽であるかを物語っている。

「崇高な日本人」史観とは何か?

さて、このような事実を例示しても、なおもって彼らが「日本には欧米のような人種差別問題は極めて少ない~」と言い張るのは何故か。ひとつは、「愛国無罪」の原則がある。要するに、韓国や朝鮮は反日行為をしているのであるから、それに対抗するのは差別ではない──という論調である。もし仮に、百歩譲って韓国政府や北朝鮮が所謂「反日」行為なるものをおこなっていたとしても、それは相手の政府の方針であり、日本に居住している個人の在日コリアンを差別・迫害してよい理屈にはまったくならないのは自明である。

もうひとつは、これこそ本稿の主眼であるが、「崇高な日本人」史観の存在である。要するに、日本民族は世界一道徳的で礼儀正しく、よって不道徳な行いや野蛮を行わない。つまり、多民族への差別などやったことは無い──とする世界観である。これはネット右翼が依拠する日本の保守界隈でも根強く信奉されている価値観で、私はこれを「凛として美しく」路線とも呼んでいる。

つまり日本人は崇高で美しいから、略奪・強姦・差別その他の不道徳行為を現在でも過去にでも一切やってこなかったとする史観で、実はこれが日本の保守派に代表される「南京大虐殺否定」「従軍慰安婦否定」論にダイレクトに結びついている。

1)現在でも、過去においても、日本人は崇高で道徳的で美しいので、中国人(当時の中国国民党軍・民)を野放図に虐殺することなどありえない事である(南京事件否定)

2)現在でも、過去においても、日本人は崇高で道徳的で美しいので、欲望をむき出しにした戦時性暴力など行う訳はないのである(慰安婦否定)

このような論がこの国の保守、ネット右翼界隈では「常識」になっているが、すべての根源は「崇高な日本人」史観の存在だ。南京事件に関しては、中国側犠牲者数の算定数に開きはあるものの、秦郁彦氏ら実証史学者の研究によって虐殺自体は存在したことが史学界の定説になっている。そして従軍慰安婦については議論の余地なく、戦中に彼女らを日本軍が管理し、あるいは彼女らの意に反して売春に従事させ苦痛を味あわせたことは、日本政府が河野談話(1993年)で事実を認め謝罪して以来、歴代内閣が踏襲している歴史的立場である。「崇高な日本人」史観とは、まったく砂上の楼閣、机上の空論に過ぎないのである。

プロフィール

古谷経衡

(ふるや・つねひら)作家、評論家、愛猫家、ラブホテル評論家。1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2014年よりNPO法人江東映像文化振興事業団理事長。2017年から社)日本ペンクラブ正会員。著書に『日本を蝕む極論の正体』『意識高い系の研究』『左翼も右翼もウソばかり』『女政治家の通信簿』『若者は本当に右傾化しているのか』『日本型リア充の研究』など。長編小説に『愛国商売』、新著に『敗軍の名将』

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

スイス中銀、銀行の流動性支援強化で詳細発表

ワールド

韓国の尹錫悦前大統領に無期懲役、内乱首謀で地裁判決

ビジネス

フィリピン中銀、6会合連続利下げ 先行き不透明

ビジネス

インタビュー:1%への利上げ、無担保コール急低下の
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナ戦争4年 苦境のロシア
特集:ウクライナ戦争4年 苦境のロシア
2026年2月24日号(2/17発売)

帰還兵の暴力、ドローンの攻撃、止まらないインフレ。国民は疲弊しプーチンの足元も揺らぐ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ポーランドが「核武装」に意欲、NATO諸国も米国の核の傘を信用できず
  • 2
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より日本の「100%就職率」を選ぶ若者たち
  • 3
    中道「大敗北」、最大の原因は「高市ブーム」ではなかった...繰り返される、米民主党と同じ過ち
  • 4
    ウクライナ戦争が180度変えた「軍事戦略」の在り方..…
  • 5
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」…
  • 6
    「ヒンメルならそうした」...コスプレイヤーが消火活…
  • 7
    生き返ったワグネルの「影」、NATO内部に浸透か
  • 8
    IMF、日本政府に消費減税を避けるよう要請...「財政…
  • 9
    川崎が「次世代都市モデルの世界的ベンチマーク」に─…
  • 10
    なぜ「あと1レップ」が筋肉を壊すのか...「高速パワ…
  • 1
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発される中国のスパイ、今度はギリシャで御用
  • 4
    【銘柄】マイクロソフトの株価が暴落...「AI懸念」で…
  • 5
    「ヒンメルならそうした」...コスプレイヤーが消火活…
  • 6
    なぜ「あと1レップ」が筋肉を壊すのか...「高速パワ…
  • 7
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 8
    「目のやり場に困る...」アカデミー会場を席巻したス…
  • 9
    オートミール中心の食事がメタボ解消の特効薬に
  • 10
    川崎が「次世代都市モデルの世界的ベンチマーク」に─…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 6
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 7
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 8
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story