コラム

「新しい生活様式」というファシズムには屈しない

2020年07月27日(月)17時40分

戦前、戦後を通じて肥沃な国土を持つ農業国として豊かな生産力と所得を誇っていたカンボジアは、ポル・ポトによって全滅した。首都を中心に形成されつつあった中産階級や知識人は、ポル・ポトの異常な精神論によって強制的に農村に移住させられ、カンボジアの経済は一気に19世紀レベルに後退し、その国力は徹底的に破壊された。

私はポル・ポトの異常な政策と新しい生活様式を一緒くたにするつもりはない。つもりはないが、笑ってもいけない、泣いてもいけない、大声を出してはいけない──と人々の行動を既定しがんじがらめにする風潮に、ほとんど誰も「それは非人間的であり、人間の豊かさを毀損する行為だ」と声を上げないのが不思議だ。

普段は人権尊重、民主的自意識の確立に喧しい進歩派も、このような時には私権の制限にすら踏み込む「ニューノーマル」という横文字を多用したがるどころか、まるでファッションのように使っている知識人もいる。本当に彼らは進歩派か。リベラルなのか。こういう時こそ「世の風潮にあきらめず抗する」という添田唖蝉坊(戦前期に活躍した反骨のアーティスト)のような人はいないのか。いやほとんど居ないのである。

大衆が大衆を鞭打つ社会

手洗い、うがいの励行は良い。これはコロナ禍以前からあらゆる感染症対策の第一歩として実行されてきたからだ。手指のアルコール消毒も、肌荒れやアレルギーの危険性はあるが、ある程度科学的である。マスク着用は、すでにコロナに感染している感染者からさらに感染が拡大することを抑止するものとしては受け入れられるべきだ。

しかしお上やメディアの言う新しい生活様式といういわば私権制限には、私たちは異を唱えてよい。いや、民主社会ならこうした風潮に異を唱える人間が小なれど居るのが健全である。しかし猫も杓子もコロナを口実にこの巨大な同調圧力に追従しようとしている。実に情けない。

永田町を見れば、自民党麻生派のパーティーには人がごった返し、到底「密」を避けているようには思えない。政治家は良くて人民はだめ、という矛盾は通用しない。この国の人はいつからお上に対し徹底的に弱く、そして大衆が大衆に対して鞭打つ社会になったのだろうか。

プロフィール

古谷経衡

(ふるや・つねひら)作家、評論家、愛猫家、ラブホテル評論家。1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2014年よりNPO法人江東映像文化振興事業団理事長。2017年から社)日本ペンクラブ正会員。著書に『日本を蝕む極論の正体』『意識高い系の研究』『左翼も右翼もウソばかり』『女政治家の通信簿』『若者は本当に右傾化しているのか』『日本型リア充の研究』など。長編小説に『愛国商売』、新著に『敗軍の名将』

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米、欧州主導のNATO防衛に2027年の期限設定=

ビジネス

中国の航空大手、日本便キャンセル無料を来年3月まで

ビジネス

金融政策の具体的手法は日銀に、適切な運営期待=城内

ワールド

仏大統領、ウクライナ問題で結束「不可欠」 米への不
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させられる「イスラエルの良心」と「世界で最も倫理的な軍隊」への憂い
  • 3
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 4
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 5
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 6
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 7
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 8
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 9
    「ロシアは欧州との戦いに備えている」――プーチン発…
  • 10
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 4
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 7
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 8
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 9
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 10
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story