コラム

池江選手に五輪辞退をお願いするのは酷くない

2021年05月16日(日)20時06分
東京五輪水泳会場の披露式典に参加した池江選手(2020年10月24日、東京都江東区)

東京五輪水泳会場の披露式典に参加した池江選手(2020年10月24日、東京都江東区) Issei Kato-REUTERS

<アスリートと一般市民の利害は今や根本的に対立している。そうさせたのは、コロナ無策のまま五輪を強行しようとする政権の姿勢だ>

5月7日、オリンピック水泳日本代表の池江璃花子選手がTwitterを更新し、選手選考会以後、オリンピック辞退や反対の表明を求めるコメントがSNSなどに寄せられ、中には心ない内容のものもあったとして、「私に反対の声を求めても、私は何も変えることができません」「この暗い世の中をいち早く変えたい、そんな気持ちは皆さんと同じように強く持っています。ですが、それを選手個人に当てるのはとても苦しいです」「頑張っている選手をどんな状況になっても暖かく見守っていてほしいなと思います」と綴った。

このツイートは直ちに各社のニュース記事になり、池江選手には同情の声が寄せられた。「頑張っている選手に辞退を求めるなんて酷い」というわけだ。確かに選手個人に対する誹謗中傷は許されないだろう。しかし、コロナ禍での開催が批判されているオリンピックについて、社会的影響力がある選手に辞退をお願いする人が出てくるのは、それほど違和感はない。そのような手段を自分が用いるかはともかくとして、世間が躍起になって封じなければならないほど悪質なコメントとはいえないだろう。書き方にもよるとはいえ、言論の自由の範疇なのではないか。

厄介なのは、選手本人の気持ち、選手に対する市民の同情とは別個の問題として、選手と市民のあいだには構造的な敵対関係が存在することだ。選手は傲慢だとか、市民は選手を憎悪するべきだとか、そういうことが言いたいのではない。選手と市民がお互いをどのように考えていようが、日本政府とIOCの五輪開催方針によって否応なしに生じてしまっている、実存的敵対関係があるということだ。

選手と市民の実存的敵対関係

オリンピックはスポーツ選手にとって一世一代のイベントだ。いわば選手たちはメダルを獲得するために全人生を賭しているのであって、オリンピックが開催されるか否かは文字通りの死活問題となる。そうした意味では、コロナ禍において選手はオリンピックに反対するのが当然だと批判することはできない。

一方、現在の日本で、コロナ禍が拡大しているのも事実だ。二回目の緊急事態宣言解除後にいちはやく感染者が増えた大阪ではすでに医療崩壊が起きており、死亡者数の増加がみられた。当初、京阪神や首都圏で感染拡大が起こっていた第4波は、今は北海道や福岡県など地方に広がりをみせている。政府のワクチン対応は遅れている。オリンピック開催までに高齢者3600万人の接種を終えるという目標も、1日あたり100万人の接種を前提としなければならず、現在のペースでは非現実的となっている。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:戦闘で労働力不足悪化のロシア、インドに照

ワールド

アングル:フロリダよりパリのディズニーへ、カナダ人

ビジネス

NY外為市場=ドル横ばい、米CPI受け 円は週間で

ビジネス

米国株式市場=3指数が週間で下落、AI巡る懸念継続
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:習近平独裁の未来
特集:習近平独裁の未来
2026年2月17日号(2/10発売)

軍ナンバー2の粛清は強権体制の揺らぎか、「スマート独裁」の強化の始まりか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    がんは何を食べて生き延びるのか?...「ブドウ糖」の定説に挑む、3人の日本人科学者と外科医
  • 4
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
  • 5
    50歳には「まったく見えない」...信じられないレベル…
  • 6
    川崎が「次世代都市モデルの世界的ベンチマーク」に─…
  • 7
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 8
    毛沢東への回帰? それとも進化? 終身支配へ突き…
  • 9
    「ドルも弱い」なのになぜ、円安が進む? 「ドル以外…
  • 10
    「賢明な権威主義」は自由主義に勝る? 自由がない…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた実験室」に...抗生物質の「不都合」な真実とは
  • 3
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 4
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 5
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 6
    がんの約4割は、日々の取り組みで「予防可能」...予…
  • 7
    ビジネスクラスの乗客が「あり得ないマナー違反」...…
  • 8
    がんは何を食べて生き延びるのか?...「ブドウ糖」の…
  • 9
    台湾発言、総選挙...高市首相は「イキリ」の連続で日…
  • 10
    【銘柄】「ソニーグループ」の株価が上がらない...業…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 6
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 7
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 8
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 9
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 10
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story