コラム

ムバラクが犯した9つのミス

2011年02月02日(水)16時26分

ムバラクへ降ろしの怒号は続く

まだ居座る気 テレビ演説も効果なく、ムバラクへ降ろしの怒号は続く(2月1日) Reuters


 何十万人もの怒れる群集からその30年にわたる独裁を糾弾されるなか、エジプトのホスニ・ムバラク大統領の口から発せられたのは謝罪とは程遠いものだった。2月1日夜、国営テレビに姿を現したムバラクは悪びれた様子もなく、ただ大統領として6期目は目指さない、国内の安定と治安を守ると誓っただけだった。

 さらに自らの実績を弁護し、「エジプトの土の上で死ぬ」と語り、チュニジアのジン・アビディン・ベンアリ大統領のように国外逃亡するつもりはないことを示唆した。

 カイロ中心部のタハリール広場に集まったデモ隊は直ちに、あらためてムバラクの追放を要求。まだ向こう数カ月間も大統領の座に居座ろうとするムバラクを強く拒んだ。

 ムバラクはこのテレビ演説でまたしてもミスを犯したようだ。こうした間違いが重なり、彼はベンアリと同じ運命をたどることになるだろう。ムバラクはこれまでにどんな大きな間違いを犯してきたのか。

1)富の分配を怠る
 エジプト経済はかなりの成長を遂げているが、大半の国民はその恩恵を得ていると感じていない。それどころか、与党・国民民主党とつながりのある裕福なビジネスマンが国の富を奪っているとみている。

2)汚職の蔓延を容認
 エジプト人に日々の不満を一つあげろと言えば、汚職の蔓延と答えるだろう。賄賂(バクシーシ)とコネ(ワスタ)なしでは何も事が進まないほど、大小の汚職が社会に浸透している。また政府や軍の高官レベルでは着服も広がっている。

3)ビジョンのなさ
 ムバラクの先任者たち、ガマル・アブデル・ナセル元大統領やアンワル・サダト前大統領は国をどんな方向に導きたいのかというビジョンあった。ナセルは社会主義と非同盟主義のもと、汎アラブ主義の連帯を目指し、サダトはイスラエルと和平協定を結び欧米諸国に加わる前に、エジプト軍の誇りを回復しようとした。

 ムバラクは一体何をエジプトにもたらそうとしているのか。崩壊寸前のインフラ、腐敗した社会経済状況、アメリカへの徹底した忠誠だ。

4)及び腰の改革
 エジプト人はころころ変わって当てにならない政府の改革政策を嘲笑している。その中途半端さは、
政府の二枚舌と説得力のないプロパガンダに象徴されている。

 人々は「改革」という語を聞くと、どんな「落とし穴」があるのかと思う。例えば、独立候補の大統領選立候補を事実上禁止することにつながる憲法改正案などだ。

5)長男ガマルを後継者に
 ほとんどのエジプト人が思っている。イギリスで教育を受けたムバラクの息子には支配されたくないと。

 この10年ほど、ガマルは国内政策に大きく関与するようになってきた。彼は国民から支持されていない自由主義的経済改革を推進、汚職まみれの裕福なビジネスマンとつながっていた。ここ数年の抗議デモで最もうけがいいスローガンの一つは、「世襲に反対!」だ。

6)ネットの力を過小評価
 最初に大きなデモが起きた1月25日、内務省と警察が不意打ちをくらったのは明らかだ。野党勢力が組織する小さなデモに慣れている治安部隊は、同じようなデモを想定していた。だが今回のデモを裏で組織した人物らはネットを駆使して情報を広められる、テクノロジーに詳しい若者たちだ。彼らは政党に属していない。治安部隊は驚き、疲れ果て、28日に打ち負かされた。こうして軍が介入しなくてはならなくなった。

7)選挙での不正行為
 ムバラク統治下のこの30年に行われた議会選挙では大抵、野党勢力にも議席獲得が許されたが形ばかりだった。さらに昨年の総選挙では、国民民主党の不正行為は手の付けられない状態になり、中道右派野党の新ワフド党が少し議席を獲得しただけだった。最大野党のイスラム原理主義組織、ムスリム同胞団は締め出され、議会での影響力を失った。

8)略奪団を送り込む
 28日に不思議と街から治安部隊が消えた後、店や住居に侵入したりデモ隊や一般市民にまで危害を加える略奪団が流れ込んだ。こうした略奪者の多くが、警察や治安部隊の身分証を保持していたことが後に判明。怯えた中流層が国家の助けを求めるだろうというのが、ムバラクの計算だったとしたら、見誤ったようだ。以降、抗議デモは拡大している。

9)取り巻きを近くに置く
 28日の演説で、政治改革や憲法改正を行うと誓ったにも関わらず、ムバラクは全閣僚を更迭し、副大統領にオマル・スレイマン情報庁長官を、首相には元空軍司令官を任命した。野党指導者や専門家たちにしてみれば、これまでと何ら変わらない、いつもの見せ掛けの改革だ。

 この9つだけではまだまだ足りないし、ムバラクはこれから数日でさらなる大きな間違いを犯すだろう。


──ブレイク・ハウンシェル
[米国東部時間2011年02月01日(水)17時27分更新]

Reprinted with permission from "FP Passport", 02/02/2011. © 2011 by The Washington Post Company.

プロフィール

ForeignPolicy.com

国際政治学者サミュエル・ハンチントンらによって1970年に創刊された『フォーリン・ポリシー』は、国際政治、経済、思想を扱うアメリカの外交専門誌。発行元は、ワシントン・ポスト・ニューズウィーク・インタラクティブ傘下のスレート・グループ。『PASSPORT:外交エディター24時』は、ワシントンの編集部が手がける同誌オンライン版のオリジナル・ブログ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国副首相が米財務長官と会談、対中関税に懸念 対話

ビジネス

アングル:債券市場に安心感、QT減速観測と財務長官

ビジネス

米中古住宅販売、1月は4.9%減の408万戸 4カ

ワールド

米・ウクライナ、鉱物協定巡り協議継続か 米高官は署
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story