コラム

温暖化対策の足を引っ張る米上院

2009年11月11日(水)18時04分

 11月7日、土曜日の夜、私は多くのワシントン市民と同じく、自宅のテレビで下院が医療保険制度改革案を審議・採択する様子を見ていた。賛否両論の修正案をめぐる熱い議論、ほぼすべての大物議員による情熱的な演説、そして共和党議員が一人賛成に回った末の僅差での可決。週末の夜の立法プロセスは最高にエキサイティングだった。

 この歴史的な採択によって、アメリカは割高で非効率で不完全な医療保険制度の見直しにかつてないほど近づいた。だが、勝利にみえるこの法案通過は、長く細目にわたる立法プロセスの一つのステップにすぎない。

 今後は上院が独自の法案を採択し、2つの法案を一本化したものを両院で再び採決する。そこに至るまでには共和党(と元民主党議員で現在は無所属のジョセフ・リーバーマン上院議員)による激しい妨害が予想され、多くの交渉が必要となる。

■公約だった移民法改正も先送り

 一方、米議会が医療保険改革に時間を取られているせいで後回しにされた重要法案が2つある。世界各国が進展を待ち望んでいる課題であり、その意味では上院は世界の政治にブレーキをかけている。

 1つ目は移民法の改正だ。バラク・オバマ大統領は大統領選の際、就任後1年以内に包括的な移民法改正を成立させると約束していた。ジョージ・W・ブッシュ前大統領が2期目に改革を試みて失敗していることもあり、大胆な公約だったが、オバマはラサラ全米協議会(ヒスパニック系アメリカ人の団体)の支持を取り付け、中米諸国やメキシコ、カナダの賛同も得ていた。

 ところが恥ずべきことに、オバマはこの法案の優先順位を下げて問題を棚上げした。議会は議論を始めてさえおらず、法律の立案も委員会での採択も行われていない。こうした状況に、アメリカと国境を接する国はもちろん、世界中に失望が広がっている

 後回しにされている2つ目の課題は、一段と重要度が高い地球温暖化対策だ。下院では今年6月、温室効果ガスの排出権売買を認める「キャップ・アンド・トレード」制を柱とした温暖化対策法案を、ナンシー・ペロシ下院議長が強引に投票にもちこんで可決した。だが、ホワイトハウスと議会は医療保険改革法が成立するまでこの問題を先送りすることにし、法律の成立は来年前半以降にずれ込む見込みだ。

■オバマはコペンハーゲン会議に出られない?

 この遅れのために、12月にコペンハーゲンで開かれる国連気候変動枠組み条約の第15回締約国会議(COP15)で、アメリカは弱い立場に立たされる。世界中の指導者が集結し、温室効果ガスを削減して人為的な気候災害を防ぐ計画の詳細を詰める場なのに、オバマは議会のせいでその場にいられない可能性がある。

 アメリカは、地球温暖化に関する国際的な合意を受け入れるには国内法との整合性が必要だと言い続けてきたが、その国内法の整備ができていない。そのため、オバマはコペンハーゲンの会議に出席しない意向を示している(その後、出席の可能性を示唆)。

 しかもアメリカは、温暖化防止に向けた重要な対策の多くを骨抜きにしようとしてきた。オバマ政権もブッシュ政権と同じく、中国を含む主要国のなかで最も強硬に温暖化対策に反対を続けている。

 ヨーロッパをはじめとする世界各国も戸惑いを隠せない。訪米したドイツのアンゲラ・メルケル首相は先週、米議会の上下両院合同本会議で温暖化防止問題に「即刻」取り組むよう要請した。だがその訴えも空しく、議員の半数はメルケルの提言に拍手さえしなかった。

 私はワシントンが法案の優先順位を変えるべきだとか、医療保険改革よりも温暖化対策や移民法改正を優先すべきだと言っているわけではない。議会の採決を待たずにオバマがアクションを起こすべきだったと言っているのでもない。議会の立法プロセスを迅速化せよと言うつもりさえない(そうなればいいとは常々願っているが)。

 私はただ、アメリカは立法に時間がかかることに慣れているが、外国はそうではないということを指摘しているのだ。とくに温暖化対策では、上院は単に国内の法案成立を遅らせているだけでなく、世界がアクションを起こすのも邪魔している。それがアメリカの外交政策にどんな影響を及ぼすのかはまだわからないが。

──アニー・ラウリー
[米国東部時間2009年11月09日(月)14時59分更新]


Reprinted with permission from "FP Passport", 11/11/2009. ©2009 by Washingtonpost.Newsweek Interactive, LLC.

プロフィール

ForeignPolicy.com

国際政治学者サミュエル・ハンチントンらによって1970年に創刊された『フォーリン・ポリシー』は、国際政治、経済、思想を扱うアメリカの外交専門誌。発行元は、ワシントン・ポスト・ニューズウィーク・インタラクティブ傘下のスレート・グループ。『PASSPORT:外交エディター24時』は、ワシントンの編集部が手がける同誌オンライン版のオリジナル・ブログ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ハンガリー、ICC脱退を表明 ネタニヤフ氏訪問受け

ワールド

ミャンマー地震、死者3000人超える、猛暑と雨で感

ビジネス

サントリーなど日本企業、米関税に対応へ 「インパク

ワールド

韓国、米関税で企業に緊急支援措置策定 米と交渉へ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台になった遺跡で、映画そっくりの「聖杯」が発掘される
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 6
    アメリカで「最古の銃」発見...いったい誰が何のため…
  • 7
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 8
    博士課程の奨学金受給者の約4割が留学生、問題は日…
  • 9
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 10
    「最後の1杯」は何時までならOKか?...コーヒーと睡…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 6
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 7
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 8
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 9
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 10
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story