コラム

忙し過ぎる東京人たちが師走の街を駆け抜ける

2011年12月26日(月)09時00分

今週のコラムニスト:マイケル・プロンコ

〔12月21日号掲載〕

 東京に来て最初に覚えた言葉の1つは「忙しい」だった。言い訳として覚え、いまだによく使う。世界の大都市はどこも忙しいが、東京の忙しさは次元が違う。別格の忙しさ、私に言わせれば「トーキョー・ビジー」だ。

 カレンダーはあっという間に埋まっていく。特に年末の東京は、TVゲームのファイナルステージ並みに速度を上げる。東京の街と同じで、東京人もスペースやスケジュールが空くのを嫌う。一日はプロジェクトやパーティーや用事でぎっしりで、ラッシュアワーの電車のようだ。会議も普段より長い。人々は同時にいくつものことをこなし、電車までいつもより速く走る気がする。

 もちろん、忙しいとお金を使う。立ち食いそばやコンビニや自動販売機といった、忙しい人向けのビジネスにとっては絶好の儲け時に違いない。駅のプラットホームでペットボトルのお茶を飲む暇もないような気がする日だってある。レストランは2時間の時間制限をし、買い物客は忙しさを誇示するかのように、腕にいくつもショッピングバッグをぶら下げている。

 アメリカでは11月下旬の感謝祭に一旦ペースダウンし、一日中食べてテレビを見て身内で過ごす。それから再びペースを上げてパーティーシーズンに突入し、クリスマスにまた少しスローダウンした後、大みそかに盛大に盛り上がる。アメリカの年の瀬には緩急があるが、東京の場合はマラソンのラストスパートのように加速する一方だ。

 この時期になると、「忙しい」にはいつもと違う意味合いが加わる。挨拶代わりにもなれば(「元気?」「忙しいよ」)、言い訳にもなる(「一杯どう?」「ごめん、忙しくて」)。忘年会の誘いを断るのも簡単だ。別の忘年会で忙しいと言えば、それで通じる。

 同情もされる。私が外国人だからかもしれないが、忙しいと言うと東京人はいつも済まなそうにする。顔をしかめ、うなずいて、このかわいそうなガイジンが忙し過ぎる東京のライフスタイルから抜け出せずにいることが気の毒でたまらないと言わんばかりだ。

 私はそれをあおるように「いーそーーがーーしーーぃ」と言い、さらに強いアメリカなまりで「スゴク」と付け加えて、トーキョー・ビジーに染まっているつらさを強調する。東京人はそれが自分の落ち度だと感じているようだ。あるいは嫉妬しているのかも。彼らは内心ではいつも、忙しいのを誇りに思っているから。

■ゴールしたランナーのように

 活気があるのはいいが、特に年末、急ぎたくないのに急がされるのには、いまだにどうもなじめない。エスカレーターの右側に追いやられて急いで上るときのような気分になる。東京人のようにいくつもの予定を手際よくこなすなんて芸当は、私にはまだ無理だ。

 東京人にとって年末は、一年で最も付き合いで忙しい時期の1つだが、最も内面を見詰めるのに忙しい時期でもある。電車の乗客たちは普段よりも窓の外をじっと見詰めて物思いにふけっているようだ。この一年を振り返っているのか、それとも来年の計画を立てているのか。

 とはいえほとんどの東京人は、1月初めの驚くほど静かな数日間に思いをはせているのだと思う。年明けの東京では誰もがゴールインして倒れ込んだマラソンランナーのようだ(その間もテレビでは箱根駅伝のランナーたちが走り続けているのだが)。ほんのつかの間、東京は世界一忙しくない都市の1つになる。

 その数日間が、私にとってはたぶん東京で過ごす一番お気に入りの時間だ。急がない、静かな東京を、ここぞとばかり満喫する。恋人の寝顔を見ながら2人の関係を見詰め直すのに似ている。目が覚めたら、またいつもどおりの日々が始まるのだけれど。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米バークシャー、24年は3年連続最高益 日本の商社

ワールド

トランプ氏、中国による戦略分野への投資を制限 CF

ワールド

ウクライナ資源譲渡、合意近い 援助分回収する=トラ

ビジネス

ECB預金金利、夏までに2%へ引き下げも=仏中銀総
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 5
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story