コラム

フランスの秋には極上の日本酒が似合う

2011年12月05日(月)09時00分

今週のコラムニスト:レジス・アルノー

〔11月30日号掲載〕

 日本の秋といえば紅葉、七五三、それにボジョレ・ヌーボーだ。毎年11月になると、日本のバーやレストランに赤ワインの津波が押し寄せる。2010年に日本が輸入したボジョレは700万本。輸入量では世界トップだ。2位はアメリカの230万本。日本ではEU(欧州連合)全体を上回る量が飲まれている。

 日本人がビール党であることを考えれば(消費量はビールが酒類全体の38%、ワインは3%)、これは大健闘に思える。そもそもボジョレ・ヌーボーは高級ワインですらない。ごく普通の大衆的なワインだ。輸入業者は毎年、「今年」こそ最高の出来であるかのように振る舞うが、根拠はまったくない。ポマールやピュリニー・モンラッシェやロマネ・コンティなどの最高級ワインとは比べようもない。

 ワインを飲む日本人はワインに詳しく、ボジョレ・ヌーボーの質についてもちゃんと知っている。ボジョレ・ヌーボーを何年も寝かせて熟成させれば価値が上がるとは誰も考えない。実際は逆で、ボジョレ・ヌーボーは新鮮さが命だ。

 ワイン販売業者は新鮮な「ヌーボー」ワインを毎年決まった時期に提供できることを売りにしている。おかげで消費者はボジョレ・パーティーの準備がしやすい。この「グローバル」なワインが世界に先駆けて解禁になるというのも、日本にとっては魅力的だ。

 日本でのボジョレ・ヌーボー人気とは対照的に、フランスでは日本酒はあまり知られていない。日本酒とボジョレ・ヌーボーはずいぶん違うが、日本酒が売れないこともボジョレが売れることもマーケティングの重要性を物語っている。

■秋分の夜に「日本酒の夕べ」を

 日本酒が売れない一番の理由は、酒造業者と日本政府にノウハウがないことだ。フランスワインには何世紀にもわたる厳密な分類方式があって、それを見れば各ワインの品質や製法や産地が分かり、それによって値段も分かる。日本酒にはそうした明確さがない。外国の消費者は自分が買っている日本酒がどんなものか分からない。一方、ボジョレ・ヌーボーの正体は明確だ。

 通の間ではいい日本酒の評価は上々。ワイン評論家のロバート・パーカーは日本酒に強い関心を持ち、有名なニューズレター「ワイン・アドボケイト」で格付けすることもある。フランスにはわずかながら日本酒愛好家もいて、いい日本酒を造るには大変な手間がかかることを知っている。日本酒が「テロワール(風土)」と密接に結び付いていることも知っている。日本酒も偉大なワイン同様、ギリシャやアメリカでは造れない。

 しかし日本人がボジョレ・ヌーボーに「大衆的」なイメージを抱くのと違い、フランス人にとって日本酒は、ウイスキーや葉巻のように特別なときに飲むもの。デザートワインの一種だ。

 そこで提案したいのが「日本酒の夕べ」。覚えやすいように毎年秋分の夜にする。フランスの日本料理店(今ではマクドナルドより多い!)は日本酒を割引価格で提供。パリ在住の日本人(3万5000人もいる)は着物や浴衣を着る。セーヌ川は船で「月見遊覧」が楽しめる。

 こうした催しをきっかけにフランス人観光客が日本にやって来るだろう。フランスのワイン観光と同じで、多くのフランス人観光客が酒蔵見学や酒造り体験に参加したがるはずだ。シャトー・ムートン・ロートシルトのワインのように、アーティストにラベルのデザインを依頼するのもいい。フランスの有名シェフが日本酒を料理に使うようになれば、日本酒人気は高まるかもしれない。ジョエル・ロブションやアラン・デュカスによる「日本酒ディナー」だ。

 フランスで日本酒人気を高めるには「極上」のイメージを広めること。つまりボジョレ・ヌーボーの逆だ。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

シリア暫定政府、国防相に元反体制派司令官を任命 外

ワールド

アングル:肥満症治療薬、他の疾患治療の契機に 米で

ビジネス

日鉄、ホワイトハウスが「不当な影響力」と米当局に書

ワールド

米議会、3月半ばまでのつなぎ予算案を可決 政府閉鎖
MAGAZINE
特集:アサド政権崩壊
特集:アサド政権崩壊
2024年12月24日号(12/17発売)

アサドの独裁国家があっけなく瓦解。新体制のシリアを世界は楽観視できるのか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 2
    おやつをやめずに食生活を改善できる?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    【駐日ジョージア大使・特別寄稿】ジョージアでは今、何が起きているのか?...伝えておきたい2つのこと
  • 4
    「私が主役!」と、他人を見下すような態度に批判殺…
  • 5
    「たったの10分間でもいい」ランニングをムリなく継続…
  • 6
    トランプ、ウクライナ支援継続で「戦況逆転」の可能…
  • 7
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 8
    村上春樹、「ぼく」の自分探しの旅は終着点に到達し…
  • 9
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 10
    映画界に「究極のシナモンロール男」現る...お疲れモ…
  • 1
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 2
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──ゼレンスキー
  • 3
    村上春樹、「ぼく」の自分探しの旅は終着点に到達した...ここまで来るのに40年以上の歳月を要した
  • 4
    おやつをやめずに食生活を改善できる?...和田秀樹医…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
  • 7
    ウクライナ「ATACMS」攻撃を受けたロシア国内の航空…
  • 8
    【クイズ】アメリカにとって最大の貿易相手はどこの…
  • 9
    「どんなゲームよりも熾烈」...ロシアの火炎放射器「…
  • 10
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 4
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼ…
  • 5
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 8
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 9
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
  • 10
    2年半の捕虜生活を終えたウクライナ兵を待っていた、…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story