コラム

歌舞伎町案内人が東京を去らない理由

2011年04月25日(月)07時00分

今週のコラムニスト:李小牧

[4月20日号掲載]

 中国版ツイッター「新浪微博」をご存じだろうか。登録者数が1億人を超し、AV女優の蒼井そらやサッカーの中田英寿も利用するサービスだ。先日、私もアカウントを開設したところ、たちまち1万3000人のフォロワーが集まった。

 突然始めたのは、蒼井そらチャンのファンだからではない。今度中国で出版する拙著の宣伝に使ってほしいと出版社から頼まれたのが最初だが、今は大震災に襲われながら、必死に頑張っている日本の本当の姿を中国に伝えたいという思いで漢字140字の「つぶやき」を続けている。

 既に報じられているように、70万人といわれた在日中国人のうちかなりの人々が余震と放射能を恐れて日本を脱出した。20万人という説もあるほどだ。中国行き航空券の値段は片道20万円近くにまで跳ね上がり、それでも買えない人たち3000人がチケット待ちで成田空港に泊まり込んだ。航空券が取れないために船で帰る人も続出し、不法滞在者は「強制送還」されようと入管に出頭している。

 仕事や学校の都合で帰国できない中国人のストレスは大変なものだ。地震後、新宿・歌舞伎町のわが湖南菜館に来た中国人妻と日本人夫の新婚カップルは「帰る」「帰らない」で水とビールのぶっ掛け合いになり、最後は夫が妻のウィッグを、妻が夫のカツラを引っ剥がした。

 歌舞伎町の中華料理店の中国人コックはほとんど帰国しているので、今この辺りで本格的な中華料理が食べられるのはうちの店ぐらい。普段ほとんど電話してこない中国の親が、日本に留学している一人っ子の子供に1日十数回も「帰って来い!」と電話をかける──要するに中国全体がパニックになっているのだ。

■歌舞伎町で学んだ「シマ」精神

 さて李小牧はどうするのか。地震後、世界中から「帰ったほうがいい」「今まで学んだノウハウを生かせば中国で成功できる」「せめて西に行け」とたくさんアドバイスをもらったが、私も中国人の妻も息子も今のところ帰国するつもりはない。2人のチケットは買ったが、妻は私を1人にすることはできないと思っているらしく、今も日本に残っている。

 なぜこんなに落ち着いていられるのか不思議に思うかもしれない。そんな人はぜひもう一度わがデビュー作『歌舞伎町案内人』(角川文庫)を読んでほしい。ヤクザに監禁されたこともあれば、われわれ夫婦2人が同胞である中国人マフィアの強盗に手足を縛られ、粘着テープで目隠しされたこともある。文字どおり命を懸けた歌舞伎町の暮らしに比べれば、飛んでくるのかどうか分からない放射能など大して怖くない。

 それにここで帰ってしまったら、せっかくこれまで23年間、日本で頑張ってきたことが無駄になってしまう。私は日本人がどこまで頑張れるか見届けたい。亡くなった人や家を失った人は本当に気の毒だ。日本だけでなく世界も原発という恐ろしい力を操れると過信していたことが、今回の地震が最悪の事態になった原因だと思う。ただ今回の大震災は、この20年間下を向きっぱなしだった日本が変わるきっかけになる。

 震災から2週間後、私は中国版ツイッターで客足が戻った午前5時の歌舞伎町の様子を紹介した。放射線が降って来る! と大騒ぎになっているのに、ミニスカ姿でホストに誘われる女の子の写真もアップした。「歌舞伎町一番街」のネオンこそ消えているが、わが第2の故郷は少しずつにぎわいを取り戻しつつある。

 それにかなりの人数が帰国したとはいえ、在日中国人の大半はまだ日本に残っている。李小牧は彼らにとっての「暫定基準」のようなもの。私まで帰ってしまったら、残った中国人たちがどうしていいか分からなくなってしまう。歌舞伎町では自分の「シマ」は守るのが鉄則だ。

 もし私が帰る事態になったら......そのときは中国共産党が政府専用機を派遣してくれるだろう(笑)。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米民主上院議員、トランプ氏に中国との通商関係など見

ワールド

対ウクライナ支援倍増へ、ロシア追加制裁も 欧州同盟

ワールド

ルペン氏に有罪判決、次期大統領選への出馬困難に 仏

ビジネス

金、3100ドルの大台突破 四半期上昇幅は86年以
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 9
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 10
    「関税ショック」で米経済にスタグフレーションの兆…
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story