コラム
東京に住む外国人によるリレーコラムTOKYO EYE
キオスクは東京の小宇宙
今週のコラムニスト:マイケル・プロンコ
ちょっとしたモノを忘れたり、ちょっとした不快感が気になる私は、世界のどの都市に行っても苦労する。でも東京では、最高に便利な「不思議なポケット」があちこちにあるから安心していられる。どこにでもあり、私の必要なちょっとしたものすべてがそろっている場所、それがキオスク(駅売店)だ!
キオスクはまるで私の面倒を見てくれるためにあるようだ。母がカバンに余分にティシュを入れてくれたり、父がキャンディーを買う25セント玉をそっと渡してくれた子供時代がよみがえる。東京の忙しい生活の中に存在するこの「補給所」は最高だ。朝刊から結婚式用のネクタイまで、何を忘れようとも電車を乗り換えるときに手に入るのだから。
キオスクはミクロ経済の素晴らしいケーススタディーでもある。(1)商品は低額(2)店員は1人(3)客は通りすがり。この3つを抱えてどうやって利益を出せるのか? いや、東京なら可能なのだ。何しろ通りすがりの客は1日何百万人にものぼる。
これら大勢の人たちのあらゆる不測の事態に対応するのがキオスク。鼻水が止まらなくなったらティシュ、小腹が空けばスナックバー、口臭が気になればミントキャンディー、唇がひび割れたらリップクリーム、汗をかいたらハンカチ、退屈な時はマンガ。数百円もあれば、都会の不快感は消えてしまう。女性にはハイヒールの中敷きやハンドクリーム、男性には競馬新聞やクシ、子供にはスナック、大人には缶チューハイと何でもそろう。
キオスクで売っている商品には、日常の必需品――傘、ばんそうこう、ウェットティッシュ、お茶など――はもちろん、特別な目的で使うもの――パーティーで役立つカメラ、手土産になるカレンダー、ウイルス対策マスク――もある。タバコと一緒に、ニコチンをカットするプラスチック製パイプも売っている。両方を買っておけば、後からどちらを吸うかを選ぶこともできるだろう。
めったに使わないが必要な品もある。葬儀用の黒ネクタイに3段階の度数の老眼鏡。キオスクは、道行く数百万の人の人生の悩みや問題を解決する。
■店員は1人乗り潜水艦のベテラン艦長のよう
店内の配置は、天才が考えたとしか思えない。東京そのもののように無駄なスペースがない。頭上にはピーナツ袋がクリップで留められ、小さなフックにライターがぶら下がり、キャンディーやガムは専用のラックに陳列され、新聞は取り出しやすいようにらせん状に置かれている。小型本の回転ラックがある店も多い。
さまざまな種類のディスプレー用のラックや台がそれぞれ個性を主張し、雑然としているように見えながら、奇妙なほどぴったり組み合わさっている。キオスクはまさに東京の小宇宙。あらゆるものが定位置に収まりながら、周囲と不思議な関係を築いている。
店員の動きは、1人乗り潜水艦のベテラン艦長のようだ。彼女たちは商品がひしめく空間を把握し、ごく自然に、驚くほど効率的に対応する。「あれ、いちごポッキーはどこだっけ?」と考えたりはしない。ピアニストがピアノの鍵盤を知っているように、キオスクを知り尽くしている。
キオスクの前で新聞を整理している店員にスナックバーをくれと言ったことがある。彼女はフライをキャッチする外野手のように後ろにすっと手をのばしてスナックバーを取り、片手で私に手渡し、もう一方の手でカネを受け取った。店内から見る位置だけでなく鏡に映った位置も頭に入っていたわけだ!
大半の客は数秒間しか立ち止まらない。電子マネーで支払ったらもっと短いだろう。買い物にかかる時間の大半は、ポケットや財布からカネを取り出すことに費やされる。手順をあらかじめ考えておけば、立ち止まらずに新聞とガムを買って代金を支払うことも可能だ。
もちろん速さでは店員にかなわない。彼女たちは本能的に客の欲しいものを見抜き、言われる前にその商品のほうに体を向けているのではないか。そう思ってしまうことさえある。
こんなキオスクが減りつつあるのが悲しい。人々が雑誌を買わなくなり、飲料の種類が豊富なコンビニに足を向けるようになったからだという。コンビニは、商品の陳列棚の間をだらだら歩いて買うしかない欧米からの輸入品だ。キオスクのように人間が生み出す魔法には出会えない。
東京のなかのキオスクは、カーレースに例えればピットストップのような場所。人々がエネルギーを補給し(ドリンクやアメでのどを潤したい!)、ちょっとしたトラブルを解消し(スーツケースの鍵をなくした!)、必需品を手に入れる(電池やティシュが切れた!)必要があるかぎり、東京からキオスクが姿を消すことはないだろう。
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