コラム
東京に住む外国人によるリレーコラムTOKYO EYE
東京は「花のメガロポリス」
今週のコラムニスト:マイケル・プロンコ
Flower-opolis
私が初めて買った東京の地図帳の巻末には、美術館や伝統芸能の劇場、名所旧跡を網羅した便利なリストが付いていた。東京で新しく訪れる場所を探すときには時々このリストを使っていたのだが、何年もの間、気にも留めていなかったリストがあることを思い出した。最近になってようやく、もしかしたらこのリストが東京の核心に一番近いのではないかと気づいた。それは「花のリスト」だ!
「花のリスト」は盛りだくさんだ。花のある寺や花見スポット、イチョウの木(色彩が豊かなこれらの葉は花びらのように見える)を楽しむことのできる場所のほか、1年に及ぶ「花暦」が掲載されている。これによれば11月を除く毎月、どこかの花が見頃を迎えている。
よく見ると、東京ではあちらこちらに花が飾られている。トイレに置かれた1輪の花、ロビーを飾る見事な生け花、花見の壮観な光景。東京はまさに「花のメガロポリス」だ!
一部の寺では何世代も前から受け継ぐ花を丹念に育てているし、公民館では地元の愛好家のためにバラやボタン、盆栽のコンクールを開催している。銀行や郵便局、中小企業の空いている棚には生け花が飾られていることが多い。
「社長、生け花を習っているのですが、飾ってもいいですか?」「もちろんだとも」。そんな会話でもあるのだろうか。厳しい上司でも、花となると断ることはできないのだろう。
最近では、都市の再開発にも花がつきもののようだ。ショッピングセンターや駅も花であふれている。もしかすると花を扱う担当者がいるの? そうかもしれない。
■味気ない街に豊かさと色彩を与える作用
毎年東京ドームで開かれる「世界らん展日本大賞」などは専門的なこだわりに満ちているが、私は低いバルコニーの塀から垂れ下がる花や、歩道の狭い縁でひっくり返りそうになっている花を見るほうが好きだ。ごみごみした住宅街にも、不ぞろいな形の植木鉢がところ狭しと並べられている。
東京では、どんな空間もすぐに花のある光景へと姿を変える。東京人はコンクリートの厚板の小さな割れ目にさえも少量の土と肥料を注ぎ、手のひらサイズほどの土地で美しい花を育てている。
東京ではどんな小さなコンクリートの隙間にも美しい花が咲いている Photos by Michael Pronko
花がなければ、東京は世界で最も色彩の乏しい都市になってしまうだろう。東京人の半分は、暗い色をまとっている。車の色は紺やシルバーが主流だ。建物は考えられる限り最も特徴のない色で覆われている。誰かに道を教えるときに「水色の建物が目印」とか「入り口が黄色だから、すぐわかるはず」という説明はあり得ない。
唯一の色彩は、安っぽい広告や時々通りかかるオレンジ色のタクシー、若い女性たちが特別な日に着る着物の色ぐらいだ。だが花はそうした味気なさを、少なくとも少しだけ後ろに追い払ってくれる。
東京はコンクリートの厚板やれんが、鉄製のびょう、金属のフェンスなどで築かれている。花はその硬い質感を和らげ、味気なさを覆い隠してくれる。東京人の多くは携帯やテレビゲームのボタンのような冷たい触感を好むように思える。けれど、土や茎、葉や花びらの豊かな感覚は、実際に触らないとしても、人々の気分をリフレッシュさせるはずだ。
■花束を抱えた人の幸せそうな表情を見るのが楽しい
それは家の中についても同じだ。花は東京での生活に彩りと美しさを添えている。それほど多くの人の家の中を見たことがあるわけではないが、東京にある生花店の多さや、店の床に散乱している茎の数から、東京の家庭に多くの花が飾られていることは容易に想像できる。私の最寄り駅近くの花店には、地域一帯に何カ月も花を供給できるだけの花がそろっている。
花はまた、東京人のよそよそしさを埋める役割も果たしているように思う。時折、帰宅する電車の中で花束を持っている人の姿を目にするが、彼らの幸せそうで誇り高い姿は、他人に無関心な東京人の視線さえも引き付ける。中央線では、花を持っていると妊娠中の女性や高齢者と同じ特権を認められる。周りの人がよけてくれるのだ。
花は東京にとってのアクセサリー。そして、東京人が何かを築き拡大するくだけでなく、何かを育てることにも価値を見い出しているということを思い起させてくれる。
人々は自分たちだけで楽しむために花を飾っているわけではない。花見の祝杯は桜にだけ捧げられているわけではなく、花という存在そのものに乾杯しているのだろう。よく見れば、1年を通してあちらこちらで花見は行われている。
東京では、花は純粋な恵みであり、何も見返りを求めない。通りがかりに偶然それを目にした誰かが喜んでくれれば、それでいい。
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