田所 確かに、紙媒体は印刷物となった時点で言説を確定させる面があります。歴史の一次資料に可塑性があっては困りますが、より可塑的なデジタル世界での表現方法とは、棲み分けができるかもしれませんね。
小川 戦争に関する本を読む時に、実際の戦場の爆音を聴きながら臨場感を味わうという経験が、デジタル・エスノグラフィーでは簡単に実現できます。
とはいえ、あらゆるものがデジタルに取って代わられることになるとは思いません。想像力を働かせて、行間を読むという行為は紙媒体ならではの楽しみ方であり、紙媒体にしか表現できない部分もあります。デジタルと紙が、それぞれが「別腹」として存在するのが良いのではないでしょうか。
田所 音源や写真なども入れ込み、さらに可塑性もあるデジタル媒体と、従来の紙媒体が、今後どのようにコラボできるのか。この点は、テクノロジーを駆使した先進的な美術館や博物館の展示なども、参考になるかもしれませんね。
トイアンナさんはいかがでしょうか。
トイアンナ 私は、紙媒体の機能は2つあると考えています。1つは「心理的安全性」のもとで議論できるという点です。
インターネットでは似たような人々の小粒なコミュニティや井戸端会議になりがちです。しかし、紙上では立場も思想も異なる人たちを1つのプラットフォームに釣り上げることができます。同じ雑誌のなかで、まったく逆のこと言っていても殴り合わなくていい場が担保されています。
もう1つは、記録を残すという点も重要です。検索すれば何でも出てくるように見えるインターネットですが、Googleはアルゴリズム上、常にコンテンツを更新しないと検索結果の上部に表示されない仕組みになっています。
過去にどんな素晴らしい作品や論考をインターネット上に残していても、それだけではいくら検索してもヒットしません。よく「デジタルタトゥー」と言われますが、記録という意味では紙のほうが、もっと言えば石版のほうがはるかに残ります。
どんなに影響力があるSNSのつぶやきも、少し時間が経てば忘れ去られてしまいます。紙で記録を残している『アステイオン』のほうが、「この時代の人はこんなことを考えていたのか」と後世の人が振り返る資料になる可能性が高いと思います。
小川 まさにおっしゃる通りで、インターネット上の「黒歴史」は削除できますし、書き換えることもできます。新しく立派なものにすらアップデートできてしまいますよね。
vol.101
毎年春・秋発行絶賛発売中
絶賛発売中