アステイオン

座談会

遊牧は軍事、万里の長城はモンゴル人からすれば「造らせている」感覚──モンゴルから中華を見る[前編]

2023年06月07日(水)10時55分
小長谷有紀+岡本隆司+田所昌幸 構成:荻 恵里子(京都府立大学共同研究員)

小長谷 岡本先生のご著書『世界史序説』に13世紀のモンゴルのことも書かれていて、その中で、あえてモンゴル語でオルドとジャムチが紹介されていました。

これらを生活世界からどう解説するのか。生活文化を研究することがどのようなインパクトを与えるかを考えています。

まずオルドは、フェルトで作った天幕と紹介されますが、実態として間違ってはいません。ただし、概念としてはもう少しポリティカルで、訳すると「後宮」ですかしら。日本の江戸時代の大奥のようなイメージのほうが伝わると思います。

チンギス・ハンが軍事的な統一をしていく中で、一番手っ取り早い方法は婚姻関係を結ぶことです。婚姻の際にお嫁さんは手ぶらで来ません。実家の財産と精鋭部隊などを引き連れて、一群をつくります。

ここで言う富は金銀財宝ではなく、生きたヒツジ群です。つまり、富とはいい馬、いい家畜を指します。そして、そういうものを持って嫁入りし、それが割拠しているところが後宮、それがオルドなのです。ですから実態としては天幕ですが、そういう理屈で割拠しており、政略結婚の数だけオルドがあるわけです。

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岡本 よくわかりました。内実が摑みづらいので翻訳せずに、モンゴル語のまま表現したのですが、そのような理屈で後宮、オルドが存在し、結果として天幕と訳されているのですね。では、ジャムチのほうはいかがでしょうか。

小長谷 ジャムチは駅站(えきたん)のことです。駅伝制度は中国で元朝以前からありました。しかし、遊牧民が駅伝制度を持つと、自分たちの普段の生活を反映させることになります。

たとえば遊牧民がどこかの駅担当になれば、そのあたりに放牧します。そして、そのジャムチを使ってもいいという許可証を持った客が来ると、その人に食事の接客をし、馬を提供します。

しかし、その馬を持っていかれたら困るので、一緒にガイドとして次の駅までついて行きます。そして次の駅の人が自分の馬でまたガイドをするので、そこで自分の馬を回収するという仕組みです。

このように重要な概念や細かなディテールを読み解く上で、生活世界が分かっていることは、とても大きな財産になります。

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